しゃりながら、そうして聞くは一時《いっとき》の恥、聞かぬは末代の恥だから、何でも先輩に向って、先輩を困らせるほど質問をしなければ、学問は進歩しないなんぞとおっしゃりながら、わたしが順々に質問を進めて参りますと、もう、そんな乱暴なことをおっしゃる――」
「うむ――わからねえ、わからねえ、お雪ちゃんという子もわからねえ子だ、こっちが降参したくなっちゃった、ムニャ、ムニャ、ムニャ」
道庵は早蕨《さわらび》のような手つきをして、盃を高くさし上げた姿を見ると、身ぶり、こわ色でごまかそうとするもののようにも見えるので、
「先生は、卑怯なんでございますね、もし、その上わたしが、では子を堕《おろ》す仕方はどう、またそのいい薬があったら教えて頂戴と、本当に切り出したらどうなさいます。それから、間《ま》びくというのは、どんなことか、その仕方や実例なんぞを挙げて教えて下さいと伺ったら、どうなさいます。ごまかしたっていけません、わたしはこれでもすべて物事に徹底しないと、やめられない学問の癖があるのでございますから、途中でおやめになっては罪です、わたしが許しません、先生らしくもない」
お雪ちゃんにこう浴びせかけられると、道庵がまたムキになって力《りき》み出し、
「何だと。生意気なことを言いなさんな。こっちが降参したというのは、相手が処女だと見たから、処女性を尊重する意味に於て、しばし旗を巻いただけのものなんだ、それを逆襲して来るなんて、見かけによらねえ図々しい奴だ。それならば、こっちも天下の道庵だ、胆吹山の根っこで、乳臭い娘に、とっちめられて音を上げてしまったと言われちゃあ、末代までの名にかからあ。さあ、こうなれば女であろうと容赦はしねえ、矢でも鉄砲でも持って来な、月《つき》やくを流す薬が幾通りあって、子を堕《おろ》す手段が何箇条あるか、子を産んで間びく方法が幾通りあって、どういうふうに、どういう階級で行われてるか、洗いざらいみんな話してやる、さあ持って来な、矢でも鉄砲でも持って来な。だが、只じゃ答えねえぜ、こう見えても、こっちも商売だからな、只で秘伝を打明けるということは商売|冥利《みょうり》の上からできねえ――代を払いな、代を払いなよ、十八文じゃいけねえよ、その代価というのは、まずお前《めえ》、こっちの質問に答えることだよ。いいかい、お前がたずねるほどのことを、これから道庵が一切残ら
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