せえ、じゃあ、遠慮なしにいただきやすぜ」
と言って、古川の英次という三下奴が、木口親分から廻って来た食い残しのライスカレーみたような一皿を、ダニの丈次の手を通して押しいただき、ガツガツと咽喉《のど》を鳴らして、食いはじめました。
「旨《うめ》えか」
「旨え、旨え、木口親分のお余りものと来ちゃあ、また格別だ」
「おい、下駄っかけの時次郎、てめえも来て、親分のお余りものに一皿ありつきな」
「有難え」
と言ってしゃしゃり出たのは、下駄っかけの時次郎という、これも新参の三下奴。ダニの丈次が勿体《もったい》ぶって、
「手前たち、よく木口親分のお手先になって忠義をはげむによって、親分から、こうして残りものをしこたま恵まれる、親分の有難味を忘れちゃならねえぞ」
「どうして忘れていいものか、おれたち一騎の器量じゃあ、とても、芥箱《ごみばこ》の残飯にもありつけねえのが、こうして結構な五もくのお余りにありつくというのは、これというもみんな親分の恵み、そこんとこはひとつ安直兄いからよろしくおとりなしを頼みますぜ、ちゃあ」
と言って、古川の英次と、下駄っかけの時次郎が、木口親分と、安直兄いの前へ頭をペコペコと三つばかり下げて、そこの座敷を三べんばかり廻ると、しゃんしゃんと二つばかり手を打って元の座に戻りました。
「下《しも》っ沢《さわ》の勘公――てめえ、また何というドジを踏みやがったんだ」
「兄い、済まねえ」
ダニの丈次の前へ、下っ沢の勘公がペコペコと頭を下げる。
「せっかく隠し穴をこしらえて、今度という今度は、十八文をとっちめたと安心をしていると、また、つるりと脱けられて、上げ壺を食わされた、のろま野郎――勝手口へ廻って、当分のあいだ窮命していろやい」
「面目《めんもく》しでえもねえ」
以前の二人の三下は、親分の覚えめでたく、たっぷりとお余りものにありついているにかかわらず、哀れをとどめた一人の三下は、台所へ追放を命ぜられてしまったのは、何か相当重大な過失があったと見える。そこで、一座が甚だ白け渡った時分に、突然、
「江戸ッ子、いやはらんかな、江戸ッ子一人、欲しいもんやがなあ、こちの身内に、江戸ッ子一人いやはらんことにゃ、わて、どもならんさかい、ちゃあ」
と、不安らしく呼びかけたのは、安直兄いでありました。
安直兄いが、どうして、こんなに不安な音色を以て呼びかけたか、その内容は、ま
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