って、容易ならぬ事態に陥ったという風聞《うわさ》がここまで聞えたものだから、それでお銀様が心もとながって、そうして拙者に、友造君を迎えながら様子を見て来てくれと言われたものだから、早速単身で斥候《ものみ》に出かけてみたが、いや、事態は全く重大で、うっかり近づけない、そこで、ともかく近寄れる距離に近づいて、探れるだけの事情を探訪して、ようやくいま引返して来たところなんだがな、とりあえずここへ駈けつけて、外で様子をうかがっていると、友造君が無事に立戻ったことの確かなのを知り、ホッと安心したというわけなんです」
「ははあ、そうか、それでわかった、誰か外に人がいるようだとそうは思っていたよ」
と米友は、何か思い当るところあるものの如く、ひとり合点《がてん》の声を立てると、関守氏は、
「そういうわけだから、まだお銀様にも復命していないのです、一刻も早くお館の方へ行って、お銀様にその事情を話して、明朝になってまたとって返して、こちらへやって来て委細をお話し申しましょう」
と言って関守氏は、立てともしにして置いた提灯《ちょうちん》を取り上げて、また同じ口から閾《しきい》を跨《また》いだが、一休宗純《いっきゅうそうじゅん》から問答をでもしかけられたような形になり、片足は外へ出して、
「ところで、さしあたり一つ心配なのは、その一揆暴動の崩れが、或いはこの辺へ押寄せて来ないとも限らない、胆吹山《いぶきやま》というところは昔から落人《おちうど》の本場なんだから――そこをひとつ、念のために用心をして置いて下さいよ、一時にそう潮《うしお》の押寄せるようにここまで押寄せて来るはずはなかろうけれども、一人二人、どちらのどんな奴が迷い込んで来ようとも知れぬ、戸締りをよくして置いて下されよ」
 こう言い置いて、外の闇の中に身を没しました。
「友さん、よく戸締りをして頂戴」
「大丈夫だ」
「いま関守さんが出て行った入口を、しっかり締めて、錠を下ろして頂戴な」
「なあに、あれはただ用心のために言っただけなんだから」
「でも、用心の上に用心に如《し》くは無しですから、もうすっかり締めてしまいましょうよ」
「じゃ、お前《めえ》の安心のために……」
と言って米友は立ち上って、土間へ下り、関守氏が入って来たところの出入口をぴったりと締めきって、枢《くるる》をカタリとおろしてしまい、
「これで、すっかり締めきりだ
前へ 次へ
全220ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング