聞きをしているものがあるのじゃないかと思われてなりません。米友さんは?」
「おいらは何とも思わねえが、どうも誰か人が来るような気がするにはする」
「それごらんなさい、わたし、どうもさっきから、何かわたしたちの背後《うしろ》に来ているものがあるような気がしてなりません」
と言った時に、突然、入口のところで、
「は、は、は、は」
という笑い声がしたので、お雪ちゃんも、米友も、びっくりして銭勘定の手を休めて、その笑い声のした方を見ると、ガラリと潜り戸をあけて平気な面《かお》で入って来て、上《あが》り框《かまち》に腰をかけて、こちらを見ながら、にやにやと笑っているのをお雪ちゃんが見届け、
「あら、不破の関守さん」
「お二人さん、よく御精が出ますな、お宝の勘定は悪くないものでござんしょうな」
とお世辞を言ったのは、二人ともに充分納得のゆく、この新屋敷の同居人、不破の関屋の関守氏でした。
二十三
同居人とは言いながら、離れた本館の方に在《あ》って、常にお銀様のために、工事と計画の参謀と、その監督に当っている人ですから、突然こうしてここへ来ようとは思っていなかったのですから、意外というのは、ただそれだけなのです。
「よくいらっしゃいました、どうぞこちらへ。おや、どこぞへおいでのお帰りでございますか」
とお雪ちゃんが、関守氏の相当な足ごしらえを見ながら、炉辺に請《しょう》じますと、関守氏は、
「いや、拙者も長浜まで行って参りましたよ、お銀様から急用を頼まれましてな。その頼まれた急用というのはほかじゃありません、友造君を迎えに行ったのです。友さん、よく無事で帰れましたね」
「そりゃ、出て行ったもんだから、帰るのがあたりまえだあな、お前、わざわざ迎えに来てくれなくったって、おいらあ一人で帰れるよ、女子供じゃあるめえし」
と米友が言いました。
「もちろん女子供じゃない、常人以上に勇敢なる友造君なればこそ、お銀様もわざわざ君に両替の宰領を託したわけなんだが、もしやあの百姓|一揆《いっき》の渦の中に捲き込まれるようなことになりはしないか、それを心配したものだから」
「そんなこたあねえ」
と米友が力《りき》むのを、お雪ちゃんが、
「まあ、百姓一揆? 何か騒動が起ったのですか」
「お雪ちゃん、あなたはまだ御存じないのですか、長浜在で代官を相手に農民共が一揆暴動を起してしま
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