お雪ちゃんは、ついに面《かお》を蔽《おお》うて泣き伏してしまいました。
「は、は、は」
その時また、冷淡極まる笑いが竜之助の面に浮びました。
十二
同時に、湖面の一点に、ざんぶと音がして、そのあたり一面に水煙が立ったかと見ると、漣々《れんれん》として、そこに波紋が、韓紅《からくれない》になってゆく異様の現象が起りました。
湖面も、湖を立てこめた数千丈の断崖も、前に言った通りの蛍のように蒼白《そうはく》の色に覆われていたのが、今、不意にざんぶと音がして、その水煙から輪になって行く波紋のすべて鮮紅色になってゆく現象を、さすがお銀様が怪しまずにはおられません。
「あれは、どうしたのです」
意地悪いお雪ちゃんいじめを抛擲《ほうてき》して、そうして疑問をかけたのを、竜之助がうなずいて、
「あれだ、ああして毎日、いいかげんの時に、人が飛び込むのだ」
「飛び込んでどうするのです」
「どうするって、つまり身投げだよ。見ていると、一刻《ひととき》の間に十も二十も飛びこむことがある、そら見な、あの通り真紅《まっか》になっている中に、真白いものがふわりと浮いているだろう、女の臀
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