て、座を構えてしきりに短笛を弄《ろう》している白衣《びゃくえ》の人の姿、それが、また極めてハッキリと浮び出て来ました。
 それは白骨温泉以来の鈴慕の主です。

         十一

 その時に竜之助は、短笛を持ったまま、気軽にずっとこちらへ出て来ました。
 ずんずんこちらへ歩いて来て、お雪ちゃんと当面の巌の直ぐ突角《とっかく》のところまで来ると、そこにずっと結びめぐらしてあった丸太の手すりに無雑作《むぞうさ》に腰をかけてしまったものですから、お雪ちゃんが、
「お危のうございますよ」
と言いましたが、竜之助は微笑しただけです。お雪ちゃんはそれから立て続けに、
「先生、まあ、あなたは、どうしてこんなところに……」
と言ってせき込みましたが、竜之助は、
「お雪ちゃん、お前どうしていたの」
「先生、あなたこそ、どうしてそんなところにいらっしゃるのです、お一人ですか、こちらへいらっしゃい」
「は、は、は、とうとうこんなところへ閉じこめられてしまったよ」
「まあ、誰があなたを、そんな岩の牢の中へ入れてしまいましたの」
「誰でもない、そ、そこにいる人がさ」
と言ったその上眼《うわめ》つかいで、お
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