い[#「えたい」に傍点]はわからないのです。男だか女だか、それはもとよりわからないが、幽明いずれの人だか分明ではないが、その中から起る短笛――つまり尺八です――の音だけは明々喨々《めいめいりょうりょう》として、お雪ちゃんの耳まで響き来《きた》るのであります。
「ああ、鈴慕《れいぼ》――」
やっぱり鈴慕でした。
「お嬢様、この中で鈴慕の声が聞えます、早くこの中へ入ってみましょうよ」
「危ない!」
と、お銀様が遮《さえぎ》るのを、お雪ちゃんはかえってせき込んで、
「お嬢様、もう少し、あの提灯の火を明るくしていただけませんでしょうか、笛の音だけはハッキリと聞えますけれど、中においでになるお人がどなたかわかりません」
「もう、これより明るくはなりません」
「そんなことをおっしゃらず、もう少し明るくして……光が届かなければ、わたしはあの牢へ近寄ってみましょう、できますことならば、あの牢の中に入って見てもよいと思います」
「足もとをよくごらんになっての上でね――」
と言われて、お雪ちゃんが足もとを見直すと、全身の血が一時に冷たくなりました。
同じ岩壁の中の遠近と見たのは、実はウソでした。あの牢
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