待っていらっしゃい、わたしが叩きますから」
と言って、お銀様は岩壁の一方に立つと、しなやかな手で、その岩壁の上をはたはたと打ちはじめました。
 あんな手荒なことをして――でも、しなやかな手は折れも砕けもしないで、岩壁の一方が割れました。忽《たちま》ちそこが開けて見ると、第二の岩戸があって、注連《しめ》が張りめぐらしてある。その中は土の牢、岩の獄屋《ひとや》になっているのがありありとわかる。
「お寝《やす》みですか」
 その奥に人がいるに相違ない。しかもその主こそ、お銀様がかねて承知の人であるらしい。
 その時、その暗い中から、不意に短笛の音が流れ出しました。
「今、わたしが明りをつけて、よく見えるようにして上げます」
と言って、お銀様は、いつのまに用意したのか、懐中から小田原提灯を取り出すと、早くも火がうつっていました。
 もとより小田原提灯の火ですから、この広大陰暗な洞窟の全部が照し出されようはずはありません。それでも、注連《しめ》を張った岩窟の中までは朧《おぼ》ろに光が届いて、その奥の方に、かすかに白い衣服がうごいていることがわかる。それはたしかに人間には相違ないが、まだ、そのえた
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