手もとから風をきって飛び出したその目あては、あの大鷲でなくて何であろう。
「あら! 米友さん、無茶なことをしては……」
かえってお雪ちゃんが、その棒のために胸を打たれた思いをしました。
というのは――いくら腹が立つといったところで、ここであの鳥を痛めつけては、どうもならないではないか、鷲が一羽だけでもあるならば、それを打ち落そうとも、射止めようとも知らないが、あの鷲は弁信さんという人質を取っている、鷲を落せば、弁信さんも落ちて来る、落ちれば鷲よりも弁信さんが先に粉微塵《こなみじん》に砕けてしまうではないか、米友さんという人も考えが浅い!
お雪ちゃんはこう思って、ひやりとしたけれども、そこはまた余裕があって、まあ、米友さんがこうして腹立ちまぎれ、危急まぎれに、思わず知らず得意の棒を擲《なげう》ってみたところで、鷲はあの通り、千尺の高みにいる、いくら米友さんが棒の名人だからといって、矢も鉄砲も届くはずのないあんな高いところまで、棒が届くはずがない――そうも思って、お雪ちゃんも、やや安心していると、どうでしょう、その米友の擲った槍が、容易には下へ落ちて来ないのです――それはちょうど棒の
前へ
次へ
全208ページ中64ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング