うなか》のところをグッと一掴みにしたまま、あれ、あの通り高いところへ飛んで行ってしまいました。弁信さんは身体が小さいから、それで子供と間違えられて、鷲の爪にかかったに違いない、あれあれ、あの崖のところへ――米友さん、何でもいいから早く弁信さんを助けてあげて下さい。
「よーし来た」
 頼もしげに米友は力《りき》み立ったけれども、その実は同じところに歯がみをしいしい地団駄を踏んでいることがよくわかります。つまり、いかに米友の勇気と精力とを以てしても、翼を持たない限り、あの攫われた弁信を如何《いかん》ともし難い焦躁が、お雪ちゃんにはっきりとわかるだけ、よけいに気が気ではありません。
 そのくせ、鷲に攫われて、中空高くつり下げられた弁信の面《かお》を見ると――夜ではあるし、遠くはあるし、高くはあるのですから、ここで弁信の面が見えようはずはないのですが、不思議とお雪ちゃんには、ハッキリとそれがわかりました。
 平々淡々として、泣きもしなければ、怖れもしないのです。もがきもしなければ、焦りもしない。悲鳴も上げなければ、絶叫もしてはいないのです。鷲の爪で胴中の全部をしっかりと掴まれてはいるけれど、そ
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