、たまったものではありません。なるほど、音に聞く胆吹颪《いぶきおろし》は怖ろしい、全く、弁信さんという人は進んでいるのだか、退いているのだかわからない、ああ、危ない、あの崖、あそこへ顛落《てんらく》した以上はもう助からない!
その時に、弁信の頭の上の空中から、にわかにまた一団の黒雲が捲き起って来たようなのを認めました。あ、鳥が――またあの大鷲が……
あなやと思う間に、その一羽の大鷲が、急に舞い下って、大風にこけつまろびつしている弁信の胸のあたりを見計らい、一掴《ひとつか》みに掴んだ、と見れば、そのまま空中高く舞い上ってしまったのです。つまり、山路を、こけつまろびつ上らんとして、危なく崖下に顛落することの不幸の代りに、空中高く攫《さら》われてしまったのです。
あれよあれよ――と呼ぶものは、お雪ちゃんばかりでした。
「ど、どうしたんだ」
ああ、よかった、米友さんが来てくれた、友さん、今、弁信さんが鷲に攫われてしまいました、大きな鷲がたくさん出て来て、そのうちの一羽が――崖に辷《すべ》って転んだ弁信さんの身体《からだ》を上からのしかかって、あれが本当の鷲掴みというのでしょう、胴中《ど
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