ずにはおられません。
そうだとすれば、あの勢いで村里へ舞い下りたとすれば、村里一帯の不安が思いやられる!
一匹の狼、一頭の猪でさえ村が荒される、まして肉を裂くに足る鋭い爪と、血を吸うことに慣れたあの獰猛《どうもう》な嘴《くちばし》と、それから千里を走る翼を備えた、猛禽の王様に侵入されてはたまらない――何か、あの不安を村の人に知らしてやる術《すべ》はないものか。
お雪ちゃんは、そんなことを考えながら、再び無事にあの猛禽が中空高く舞い上り、飛び戻って来ることを望んでいたが、どうしたものか、さっぱりその音沙汰がありません。
お雪ちゃんは、村里の安否も気になるが、猛禽の消息も気にかかってなりません。
そんなことまで思い惑うているところへ、庭から人の足音がして、はっと思う間に、それが例によっての覆面のお銀様であることを認めました。
五
お雪ちゃんは、お銀様の姿を見た瞬間にいずまいを直してしまいました。無論、襷《たすき》をとって、極めていんぎんに挨拶をしました。
「ここはよい景色でございますね」
とお銀様が言う。
「はい、お館《やかた》のうちで、景色はここが一番よ
前へ
次へ
全208ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング