らりと、それでも歩くものと歩かないものとの距離ですから、みるみる相当の隔りが出来たが、このひやかしのお客様は、柳原河岸で洋服の値切りをする客のように、番頭の呼戻しを待っているという駈引きもないと見えて、さっぱりと歩み去って行くのに、未練たっぷりの二人はまだ立去りきれないで、馬鹿な面をして、お銀様の後ろ姿を見送っているばかりです。
 こうして、お銀様の姿の小さくなるまで見送ってまだ立去りきれなかった二人が、また改めて面を見合わせて、
「ありゃ、このごろ、お城あとの地面が売れたそうだが――あのお城へ来る奥様じゃねえか」
「そうかも知れねえ」
「国中一番の大金持だって話だから――」
「そうだ――なら、お気の変らねえうちに売ってしまった方がいいかも知れねえ」
 その時、二人とも、また逆さにころがり震動してお銀様のあとを追いかけ、
「おーい」
「もうし」
「もうし」
「御新造様《ごしんぞさま》――」
「お城あとの奥様」
 呼ばれてお銀様が振返ると、
「もうし、この鳥をいくらで買うておくんなさる」
「いくらでも、お前さんたちの欲しいと思うだけの値をつけてごらん」
「え!」
 彼等二人は、またそこで
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