を拒絶するわけでもなく、鍬《くわ》を取り上げて、傍《かた》えの小流れのところへ行って手を洗い、そのついでに、ブルブルと面《かお》を二つばかり水で押撫で、それから腰にたばさんだ手拭を抜き取って無雑作《むぞうさ》に拭き立ててしまうと、もうそれで外行《よそゆき》の仕度万端が整ったのです。
一頭の駄馬を中にして、一人の馬子と、馬わきの手代風なのと、それに宇治山田の米友(例の杖槍は附物)が前後して、この一文字道を長浜街道の方へ行く。その後ろ姿をお銀様は、米友が今まで掘り起していた木の株根の傍に立ち尽して遠く遠く見送っておりました。
右の一行が山林|叢沢《そうたく》の蔭に見えなくなってしまうと、広い荒野原の開墾地に、お銀様ひとりだけの姿です。
この時分はちょうど真昼時なので、うらうらと小春日和が開墾地の土の臭いを煽《あお》るような日取りでしたけれど、お銀様がくるりと向き直って胆吹山に対し、ひたと向い合いになった時分に、胆吹山が遽《にわ》かに山翼をひろげて、お銀様に迫って来るのを覚えました。
二
そこでお銀様は、胆吹山の挑戦に向って答えるように、ゆらりゆらりと右の開墾場
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