お頼みしましょう、ここへ少し持って来たのですが」
と言ってお銀様は、抱えて来た小箱の包みを解いて、蓋《ふた》をあけながら、
「これから、この土地を拓《ひら》くについては、相当にお金も要ることとおもいましたから、今日飛脚を甲州へ立ててもらって、お金を取寄せることにしました。とりあえず道中の路用のうちを、お角さんという人から受取って、当座の費用にあてることにしましたが、どうも、土地土地でお金が変るものですから、両替をしなければなりません。それでまた、たった今、あの長浜というところへ使を頼んで、お金の両替をしてもらうことにしましたから、そのうちこまかいのも参るでしょう、とりあえず、このお金を預かって下さい」
と言って、お銀様が無雑作《むぞうさ》に箱の中から摘《つま》み出したのは、幾片《いくひら》かの小判でありました。
「甲州を立つ時に、父がわたしのために路用だと言って、あのお角さんという人に預けたお金を、半分は手附としてこの土地の持主に渡しました、その残りを、わたしがこちらへ来る時にお角さんが渡してくれました、それをまた三つに分けて、あの人にも持たせてやりました、その一つは、いま長浜へ両替にやりました、残る一部がこれなのです――数えてみると小判が五十二枚だけありました」
「まあそんな大金……」
お雪ちゃんは、思わず眼をみはりました。お雪ちゃんとしても、単に金銭に眼がくらんだというわけではなく、あんまりお銀様の金扱いが大まかなのに、ちょっと驚かされたのです。
五十二枚の小判を、無雑作に他人の眼の前へ持って来て、余り物でも処分するような扱い方が、お雪ちゃんには意外に思われてたまらなかったのです。お雪ちゃんとしても、そう卑しい生立ちではないから、千万金を見せられようとも、時と場合によっては、心を動かすようなさもしい人柄ではないけれども、お銀様のあまりざっくざっくした扱いぶりに呑まれたような形で見ていると、お銀様が、
「いいえ、大金というほどではありませんけれども、それでも、払渡しや買物に、これでは扱いかねることがありますから、別に五十二枚だけ、いま申しました通り、長浜へ両替にやりましたから、そのうちに戻りましょう、小出しは小出しとして置いて、これはまたこれとしてお預かり下さい」
「では……お引受け致しました以上は、ともかく米友さんの帰るまでお預かりして置きまして――」
「どうぞ、そうして下さい」
「念のために、一応おあらためを願います」
「はい――」
と言って、お銀様はわるびれずに、自身その箱の中から小判を取り出して、いちいちお雪ちゃんの眼の前で数を読み、
「この通り、五十二枚ございます」
「確かに五十二枚――そうして、お金につもれば幾らになるのでございましょうか」
「ホ、ホ、ホ」
と、お銀様が珍しく軽く笑いながら、
「お金につもればと言っても、これがそのお金そのものじゃございませんか」
「まあ、ほんとうに左様でございました、小判五十二枚ですから、五十二両でございますね」
「え、一枚を一両と覚えていらっしっていただきまして、その値段は、小判のたちによって違うのでございます」
「そのように聞いておりましたが、この小判は……」
「これは、たちのよい方の小判なのです、ごらんなさい、享保小判と申しまして、これでこの一枚の重さが四匁七分あるのです」
と言って、お銀様は小判の一片《ひとひら》を指の上にのせて、目分量を試むるかのように、お雪ちゃんの眼の前に示し、
「一枚の重さが四匁七分ありますが、それがみんな金《きん》というわけではありません、そのうちの六分三毛というのがほかの混ぜものなのです、純金ばかりでは軟かくってお金になりませんから――そうして、この一両を小銭に替えますと、六貫五百文ほどになるのです」
と、お銀様が説明しました。つまり一両の享保小判の全体の重さは四匁七分あって、混ぜ物が六分三毛あるから差引そのうち正味の純金が四匁九厘七毛だから、これを銀にかえ、小粒《こつぶ》に替え、銭にかえたら幾ら――西暦一九三三年前後、世界各国が、金の偏在と欠乏に苦しんで、それぞれ国家が金の輸出を禁止し、日本の国に於ても、公定相場が持ちきれなくなり、その一匁市価が十円まで飛び上ったとして、右の享保小判の一枚は四十七円に相当するから、五十二枚は二千四百四十円ばかりの勘定となる――それだけの金を、旅費の一部分として無雑作に目の前に出されたことに於て、今更、お雪ちゃんも、この人の実家というものが、底の知れないほどの長者であることを思わせられずにはいないと共に、そうかといって、それを湯水、塵芥《ちりあくた》の如く扱うわけでもなく、量目の存するところは量目として説明し、換算の目算は換算の目算としての相当の常識――むしろ、富に於てはこれと比較にならない自分たちの頭よりも
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