ように唸《うな》ったのは、右の草ッ原へ集まった連中を回想して言ったのであるが、言い廻しがぶっきらぼうであったために、そうは聞えないで、この浪人ものそのものが一味ととうの片割れだな、そのものに向って貴様も一味ととうの片割れだなと呼びかけたように響いたからでしょう。
しかし、米友は即座にそのつぎ足しをして次の如く言いました。
「気の毒なことに、あの草ッ原に集まった人たちは、その検地のお役人とやらにぶっつかれば、もうどうしても遁《のが》れられねえ一味ととうになっちまうだろう、一人残らず佐倉宗五郎になるのか――どうもかわいそうだ」
そこで浪人者は、自分のことを言いかけられたのでないと安心し、
「いかにも、ああなってはのがれられない一味ととうだ、すべてがみんな佐倉宗五郎の気持だろう」
「うむ――」
「役人につかまって一味ととうの片割れと思われてもつまらん、人民の方へ廻って間者《かんじゃ》と間違われてもあぶない、だから帰る時はよく気をつけてお帰りなさい」
「どっちみち、早く帰らなけりゃならねえ、御免よ」
と言うと米友は、ムラムラと自分の使命のほどを思い迫ったものだから、そのまま挨拶もなく、もと来た道へ向って駈け出してしまいました。
釣の浪人ものは、その体《てい》を見て、あまずっぱいような微笑を湛《たた》えたかと思うと、ほどなくこれも匆々《そうそう》として釣道具をおさめて、つないでおいた小舟へ飛び乗ると、自ら艪《ろ》を押してさっさと南浜の方へ向けて漕ぎ出し、忽《たちま》ち葦の間に隠れて影も形も見えません。
二十二
宇治山田の米友が、会所へ馳《は》せ戻って見ると遅かりし、馬はもういないが、たずねてみると、地団駄を踏むがものはない、今のさき出発したが、まだ、この町で買物がある、それで先発しているから、あとを追って来るように――買物店はこれこれで、帰り道は都合によって、来た時とは違ったこれこれの道を通って帰るから――細かい伝言で絵図面まで添えてある。
米友はそれによって馬のあとを追いました。
都合によって来た時とは別の道をとって帰る、その都合というのは、どうもこの際来た時の道は物騒である、例の一味ととうの連中でも代官をようしているおそれがあるのではないか、それで、わざと避けて別の道を取ることにしたのだ、どうも、米友にもそう思われてならない。
いずれにしたって、そう遠いところではない、目と鼻の間、呼べば答えるところにあるあの胆吹山の麓のことだから、同じ用心棒でも、東路《あずまじ》の道のはてから遥々《はるばる》の用心棒とは違う――ではひとつ追いかけてやろう。
米友は教えられた通りの道を追いかけました。来た時の道を帰れば、石田、大原から北国|脇往還《わきおうかん》を横切って春照《しゅんしょう》に出るのだが、帰る道としては七尾へ廻るだけのものです。
かくして米友は、教えられた通りに、両替の馬のあとを追いました。
ところが、いよいよ心配無用、裏道の棒鼻まで廻る必要はなし、早くも町の真中で、ぱったりとその馬に出くわしてしまいました。無論、馬の脇には番頭と馬子がちゃんと無事に附いているのです。ただ違ったのは、馬が夥《おびただ》しく荷物を背負わせられている。夥しいといっても、それはカサだけで、正味はそんなに重いものではない、新生活に必要な家具類が――行燈《あんどん》からとうすみ[#「とうすみ」に傍点]に至るまで、積めるだけ積込んである。見た目のカサは大したものだが、重量はそんなではないから、馬は平気な面をしてのこのこと歩いて来る。
「兄さん、お待たせ申して済みません」
と、早くも米友の姿を認めて、先方の番頭から言いかけられて、米友がはにかみました。どちらがお待たせ申して済みませんだかわからない。
なお、その番頭さんの言うことには、表街道が物騒がしいようだから、裏街道を通るつもりでしたけれども、こうして、兄さんにここでお会いしてみれば、どうもわざわざ裏廻りをするのはやめにして、やっぱりもと来た大通りを帰りましょう。
そうさ、それに越したことはない、なにも、こちとらは盗み泥棒をしたわけじゃなし、天下の往来を、逃げ隠れをするような真似《まね》をしなくてもいい――米友も直ちに同意しましたから、そこで、一行が無事に長浜の町を出て、もと来た道を帰ることになりました。
それでもこの一行のおそれるところは、途中、その江戸の御老中からの検地のお役人というのに出くわさなければいいがな、出くわしたところで、自分たちは、いま兄さんの言う通り、盗み泥棒をしているわけじゃなし、年貢の滞納や、隠田《かくしだ》のとりいれをごまかしているという弱味もないのだから、強《し》いて御無礼をしない限り、おそれるわけはないのですが、それでも、道中、お役人だの
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