で、こんな憎らしい小娘と一緒に……」
「は、は、は」
「あなたは、この小娘を愛していたのですか、愛してはいなかったのですか」
「は、は、は」
「この雪という小娘も、面《かお》に似合わない大胆者でしたね、姉さんの男を横取りしてしまって、そうして……」
「あら――」
 こんどはお雪ちゃんが、たまりかねて叫びました。
「は、は、は」
 そのあとで、竜之助の響。お銀様はお雪ちゃんに取合わずに、竜之助の方に向いてつづけました。
「白《しら》を切っているけれども、わたしはもう疾《と》うに睨《にら》んでいますよ、二人の仲は、あの月見寺の一間で刀を拭っている時から出来ていたんですとも……そうして、このお雪ちゃんという小娘を妊娠させてしまったものだから、土地にいたたまれないで、湯治を言い立てて白骨温泉なんぞと洒落《しゃれ》こんだのが憎らしい」
「あら、まあ」
 お雪ちゃんが、また眼をみはって、抗議を申し込もうとする途端に竜之助がまた、
「は、は、は」
と笑いました。そこで、お銀様は、やっぱりお雪ちゃんにはとり合わずに、竜之助の方にまともに向って、
「そうして、白骨にいる間に、あなたはあのイヤなおばさんという女をどうしました」
「は、は、は」
「かわいそうなのは、浅吉という男妾《おとこめかけ》と、それからですね、もう一人……」
「は、は、は」
「それを言うと、またここにいる小娘がムキになることでしょうが、浅吉という男妾ばかりがかわいそうなのではありませんでした、まだ、たしかに一人、闇から闇へ送られたかわいそうなのがあったはずです」
「何をおっしゃるのです、それは、誰のことでございますか」
 果してお雪ちゃんが躍起となりました。お雪ちゃんの躍起ぶりが、あまりに真剣であったせいか、今度は竜之助も、は、は、は、という例の軽薄極まる冷笑を浮べませんでした。そこで、お銀様が今度は、お雪ちゃんの方へ向き直って、
「誰だか、わたしは知りませんが、あの時に、たしかに闇から闇へ送られた、かわいそうな人の子が、たった一人はあったはずです」
「それを承りましょう、それを――ほかのこととは違います」
 なぜか、お雪ちゃんが、お銀様の喧嘩を買うような気勢にまでいきみ立ったのが、意外でありました。
「聞きたいとおっしゃるならば、言ってみましょう、それを誰よりも早く感づいたのは、あのイヤなおばさんという人でした。そ
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