ったのでしょうけれども、それが存外物やわらかな手ごたえがあったものでしたから、まず安心していると、
「あれはね、あれは変人だよ」
と米友が、まず断案を頭から、たずねた人の真向《まっこう》へおろしてしまったには、お雪ちゃんも面喰いました。
「変人!」
変人だか、常人だか、それを聞くのではない。そんな断案は、人に聞かなくても一見すれば誰でもわかることで、ちょっと附合ってみさえすれば、お嬢様という人が――ここにお嬢様と呼ぶのは、かの有野村のお銀様の代名詞であることは申すまでもありません――常人でないことだけは、わからずには置かないのですから、そんな無意味な断案を改めて米友から聞く必要はないのです。だが、相手を呼んで変人だという、この返答の主、すなわち宇治山田の米友がどれだけ常人に近いのだか、それを考えると多少はおかしくもなるのですが、これはこの返答の結論でも断案でもなくて、帰納《きのう》と演繹《えんえき》との論鋒を逆につかったものとして見れば、もう少し希望を残して聞いていないわけにはゆきません。
「うむ――変人だなあ、よっぽど変っているよ、あの娘もあれで、家はなかなか金持なんだという話だがなあ」
それもわかってる、お銀様の背景に、偉大なる財閥ではない財力の権威があるということは、不破の関以来、お雪ちゃんもとうに心得ていることなのでした。
「え、え、それはわかってるのよ――お家は、甲斐の国で第一等のお金持だということもよくわかっております、わからないのはあの方の――そうですね、わからないと言えば、どこもここもみんな、わたしたちの頭ではわかりきれないところばっかりで、どこをどうとおたずねしていいかさえわからないのですけれど――」
「うむ、ありゃあね、心が傷ついているんだ。あれで、もとはいい娘だったんだってな、姿だってお前、いいだろう、あの通り姿もいいし、心持も鷹揚《おうよう》で、品格があって、女っぷりとしても、さすが大家に生れただけによ、上々の女っぷりだったんだそうだがな、面《かお》を傷つけられてから、それから心が傷ついてしまったんだよ」
「まア……」
その時に、米友の返答がようやく、お雪ちゃんの壺にはまりそうになったのです。破題を先に、思いきり上げてしまったものですから、つづく調子の途惑いがしていたのを、ようやく糸にのりそうになったので、お雪ちゃんが喜んで、
「まア、
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