に置いて、猿のような眼をみはって、お雪ちゃんの面《かお》を見つめたままでいますと、
「友さん、一ついかが」
と言って、お雪ちゃんが目籠の中から、珊瑚《さんご》の紅《くれない》のような柿の実を一つ取り出して、米友に与えました。
「有難う」
 米友は、腰にさしはさんでいた手拭を引出して、いまお雪ちゃんから与えられた珊瑚のような柿の実を、一ぺん通り見込んでから、ガブリとかぶりついて、歯をあてるとガリガリかじり立てました。
「甘《あま》いでしょう」
「甘めえ」
「もう一つあげましょう」
「有難う」
 お雪ちゃんは、まだ幾つも目籠の中に忍ばせているらしい。それを一度に幾つかを与えては、当座の口へ持って行く手順に困るだろうと心配して、わざわざ一つずつ目籠から出しては米友に与えるものらしい。
「むいて上げましょうか」
「いいよ、いいよ」
 お雪ちゃんは摘草用《つみくさよう》の切出しを目籠の中からさぐり出して、米友のために柿の実の皮を剥《む》いてやろうと好意を示すのを、米友はそれには及ばないと言いました。それはそうです、米友として、皮と肉との間のビタミンを惜しんでそうするわけではないが、この珊瑚のような小粒の柿の実を、お上品に皮を剥いたり、四ツ割りにしたりして、しとやかに口中へ運ばせるなんていうことはガラにないのです。米友に柿の実をあてがって置いて、お雪ちゃんが、
「友さん――お前に聞きたいと思っていましたが、あのお嬢様という方は、いったい、あれはどういう方なのですか」
 柿の実で買収して置いて、それから探訪の鎌をかけようというお雪ちゃんの策略でないことはわかっているし、米友とてもまた、昔噺《むかしばなし》の主人公と違って、柿の実や、握飯の一つや二つで買収される男ではないにきまっているが、つまりお雪ちゃんは、この機会に於て、このあたり静かな、そうして、後ろには山形雄偉なる胆吹山が傲然《ごうぜん》として見張りをしている、新開墾地の人無きところで、日頃から尋ねんと欲して尋ね得なかった腑《ふ》に落ちない条々を、この人によって解釈してみたいと念じていた希望が、偶然ここへ現われただけのものでしょう。
「うん――あれはね」
 米友の返事は存外|素直《すなお》に出ました。うっかりよけいな質問をかけて、ぴんしゃんハネつけられないのが見《め》っけものと、お雪ちゃんとしても、多少|危惧《きぐ》してかか
前へ 次へ
全104ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング