あまり考慮をめぐらしていなかったのです。小鳥山鳥を捕まえて来たと同様に、当座は何でも有合せの雑穀をあてがって置き、それから然《しか》るべき買い手を見つけたら相当にいい値になるだろうの漫然たる予算だけであったのが、お銀様のために頭からそれを否定されたのですから狼狽《ろうばい》しました。
「生きたものでなければ食べやしません、鷲という鳥は、鳥の中の王様ですから」
「あ、左様でございましたなあ。生きた物、生きたものなら何でもよろしうございますか」
「生きたものといっても、トカゲやイナゴなんぞを食べさせてもダメですよ、生きたものの肉でなければ鷲の子は育ちません、さし当り兎なんぞがいいでしょう」
「兎の生きた肉を食べさせるのでございますか」
「ええ毎日――少し大きくなると、一匹や二匹では足りないでしょう」
「あてこともねえ、毎日、兎を二三匹も食いこまれちゃたまることでねえ」
と、抱いてた一人が、自分の身でも食いきられるかのように悲鳴をあげました。
「とてもやりきれた話でござらねえ」
二人は、この時、はじめて面《かお》を青くしてしまいました。
事実、この二人の者の身上で、一羽の鳥とはいえ禽類の王者の子を手飼いにしようとは、分に過ぎた扶持方《ふちかた》だと、この時、はじめて観念せざるを得なくなったに相違ありません。
「どうしような、欲しいという人はねえか知ら、誰かいい買い手を見つけて売ってしまうことだ」
「そうだ」
二人がこう言って吐息をつくのを、お銀様が受取って、
「お前さんたちが、相当の値段でゆずってくれるなら、わたしが買って上げてもようございます」
「え、奥様が買って下さる?」
「え、売っていいなら、わたしに譲って下さい」
「どうしような」
「でもなあ――せっかく命がけでつかまえて来たもんだからなあ」
彼等は売りたくもあるし、そうかと言って、生命《いのち》がけでつかまえて来たものを、あたり近所へも披露しないで、ここですげなく譲り渡してしまうことにも、多大の未練があるらしい。
その煮え切らない返答ぶりが、お銀様の興を損じたものか、お銀様は駄目を押すこともなにもしないで、二人を置去りにして、ゆらりゆらりと前へ進んでしまいました。
取残された二人、売ろうか売るまいか、思案に暮れて、まだ茫然と猛禽の子を抱いたまま、お銀様の行く後にぼんやりと立っている。お銀様は、ゆらりゆ
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