っているお銀様は、米友の舌打ちに頓着なく、
「この人たちと一緒に、長浜というところまで行ってもらいたいと思います」
「長浜――」
「え――長浜というところへ両替《りょうがえ》に行って下さい、友さんはただ、用心について行ってくれさえすればいい、万事はこの人たちに頼んであるから」
 この時まで、お銀様の後ろ影を踏まざること二丈ばかりの間隔を置いて、鞠躬《きっきゅう》としていた手代風のと馬子と、それに従う極めて従順なる一頭の駄馬とを、米友が流し目に見ました。
「つまり、おいらは、ただ用心棒だけについて行きゃいいんだな」
「そうです、この人たちに万事は頼んであります、こちらから、お金を持って行って、そうして、あちらで、そのお金を、ここの土地で使えるお金と取替えて来るだけの仕事なのです。ですけれども、なにしろお金のことだから、誰かしっかりした連れがあって欲しいと言いますから、そこで、友さんのことを考えつきました、用心に行ってやって下さいな」
「ああ、ああ、どっちへ廻ってもおいらは、用心棒に使われるように出来てるんだ――」
と米友は、やけのように言ったが、自ら軽蔑しているわけでもなく、頼まれることを拒絶するわけでもなく、鍬《くわ》を取り上げて、傍《かた》えの小流れのところへ行って手を洗い、そのついでに、ブルブルと面《かお》を二つばかり水で押撫で、それから腰にたばさんだ手拭を抜き取って無雑作《むぞうさ》に拭き立ててしまうと、もうそれで外行《よそゆき》の仕度万端が整ったのです。
 一頭の駄馬を中にして、一人の馬子と、馬わきの手代風なのと、それに宇治山田の米友(例の杖槍は附物)が前後して、この一文字道を長浜街道の方へ行く。その後ろ姿をお銀様は、米友が今まで掘り起していた木の株根の傍に立ち尽して遠く遠く見送っておりました。
 右の一行が山林|叢沢《そうたく》の蔭に見えなくなってしまうと、広い荒野原の開墾地に、お銀様ひとりだけの姿です。
 この時分はちょうど真昼時なので、うらうらと小春日和が開墾地の土の臭いを煽《あお》るような日取りでしたけれど、お銀様がくるりと向き直って胆吹山に対し、ひたと向い合いになった時分に、胆吹山が遽《にわ》かに山翼をひろげて、お銀様に迫って来るのを覚えました。

         二

 そこでお銀様は、胆吹山の挑戦に向って答えるように、ゆらりゆらりと右の開墾場
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