がつきません、ただ事実だけの進行を如何《いかん》ともすることができないでいるのが痛快とは言わないが、かえって自然なんですね。珊瑚《さんご》の五分玉には、針で突いたほどの穴があっても瑕《きず》は瑕に相違ないのです、五分玉としての価値はもうありませんが、この胆吹山に、一丈や二丈の穴を掘ったからとて瑕にもなんにもなりません、従って山のねうちに少しも関係はないのです、それを世間が同じように見るから、そこで狂乱がはじまるのです。裏店《うらだな》のかみさんたちが御亭主の胸倉《むなぐら》をとるつもりで、太閤の五妻を責めるわけにはゆかないのです。ですけれども、道徳というものは差別があっては道徳の権威がないと、もう少し若い時には、わたしたちでも、ひとり腹をたてたものです、裏店のおかみさんが間男《まおとこ》をして悪ければ、太閤秀吉が人の女房を犯していいという道徳はありますまい。それが許されているのは片手落ちなる強者の道徳――こんなことをわたしも、もう少し昔はヒドク憤慨してみた一人なのですが……」
「してみれば、力のある奴は、力一杯何をしてもいいんだな」
「そうですとも、力いっぱいに仕事をさせれば、きっと人間は、この世を楽土にさせ得るものなのです、型の小さい人間が、強者の力の利用を妨害するから、それで人間が伸《の》しきれないのです」
「拙者の考えでは、理想郷だの、楽土だのというものは、夢まぼろしだね。人間の力なんていうものも底の知れたものさ。天は人間に生みの苦しみをさせようと思って、色だの、恋だのという魔薬をかける、人間がそれにひっかかって親となり、子を持つようになったらもうおしまいさ。生めよ殖《ふ》やせよだなんて言ってるが、ろくでもない奴を生んで殖やしたこの世の態《ざま》はどうだ。理想の世の中だの、楽土なんていうものは、人間のたくらみで出来るものじゃない、人間という奴は生むよりも絶やした方がいいのだ」
「あなた一流の絶滅の哲学ですね――哲学だけならいいけれど、あなたは実行力を持つからたまらない」
「ふ、ふーん、実行力――知れたものだ」
と、竜之助が自ら嘲《あざけ》りました。そうするとお銀様もツンとして、
「お気の毒さま、あなたに限ったことはありません、どんな絶滅の哲学者が現われても、戦争が続いても、流行病がはやっても、人間の種はなかなか尽きませんよ」
「困ったものだ、ろくでもない奴が殖
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