吠え、防ぐべきは防ぐことを心得ているからです。
 ムクは両足を揃えて、半ばのぞき込むような形で、船腹を見おろしたまま、あえて動きませんでした。
 たしかに、船腹のブリッジドアを開いて、一人の人体が出て来ました。それは大男ですけれども、身軽に船の腹から這《は》い出したが、這い出したその下には、いつのまにかボートが櫓《ろ》を備えてつり下ろされていました。大男は存外身軽に、ひらりとそのボートへ乗り移ると、続いて同じところのドアから、また一つの瘤《こぶ》が現われたものです。やっぱり、人影です。人影ではあるけれども、以前のとは違いました。小柄な、きゃしゃな、女の姿であります。
 この女の姿が半ば船腹からはみ出されると、それを待っていたとばかり、取り上げて引き抜くように無雑作《むぞうさ》に抱きおろしたのは、その大男の手を以てして、同じボートの中でありました。
 ここで、二人は完全に、一つのボートの中におろされると、ホッと一息ついて親船を見返りがちに、何か二言三言ささやいたにちがいありませんが――ムクには聞き取れません。
 そうすると間もなく、大男の手はオールにかかったのですが、その以前に、もう二人
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