の至宝とは何物ですか」
「それはなあ、もちろん伊達家のことだから、天下無二の宝が数知れず宝蔵の中に唸《うな》っているには相違ないが――貴殿御執心の永徳よりも、それこそ真に天下一品として、王羲之《おうぎし》の孝経がござるはずじゃ」
「王羲之の孝経――」
 これを聞いて白雲が一時《いっとき》、眼をまるくして栄翁の面《かお》を見つめましたが、押返して、
「それは、いささか割引がかんじんじゃ、大諸侯の物とて、一から十まで盲信するわけにはゆかん。いったい、羲之の真蹟はすべて唐の太宗《たいそう》が棺の中まで持ちこんで行ってしまったはずで、支那にも、もはや断簡零墨《だんかんれいぼく》もござらぬそうな」
「ところが、伊達家の羲之には、れっきとした由緒因縁がある、しかも、それには唐の太宗の御筆の序文までがついているそうじゃ」
「ははあ――眉唾物《まゆつばもの》ではござるまいなあ。まさか、奥州仙台陸奥守のことでござるから、嘘にしても何かよるところがあるでござろうがな」
「あるある、大いにある、そのよるところを話してお聞かせ申そう」
 ここまで主客の間に話が進んだ時、来客で話の腰を折られて、それぎりになりま
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