つ」と前置をして、
「それをどこで聞いた。赤穂義士ではない、支那の王羲之《おうぎし》といって、支那第一等の書家だ。その書が仙台家にあるそうだから、それを見たい見たいと言ったには相違ないが、それを貴様、どこで聞いていた」
「いや――その、ちょっと、失礼ながら立聞きを致しました。先生が、それほどにごらんになりたがるほどのものならば……と、この老爺、またしても持って生れた病がきざして参りましてな」
「ナニ、何がどうしたというのだ、仙台公秘蔵の王羲之は、国主大名将軍といえども借覧のかなわないものだから、是非に及ばない。それがどうしたというのだ」
「へ、へ、へ、実は、この老爺も乗りかかった船でございますから、まあ、止せばいいんでございますがね、持った病でございましてな――人の見られないものを見たい、人の持てないものを持ってみたいなんぞと、ガラにない山っ気がございますものですから、まこと仙台様の御宝蔵のうちに、国主大名将軍様でさえも拝見のできない品とやらがございますならば、ひとつ何とかして、ちょっとの間でも、それを……何とかして……」
「馬鹿――何とかしてと言ったところで、貴様|風情《ふぜい》に何
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