が持って参りましたものは一切、行李にしまいまして、石巻の田代屋という宿にあずけてございますから、あれへおいでになってお受取りを願います。残らず始末を致して参りましたはずでございますが、もしや、一品二品、取残しがございましても、あんな際の時でございますから、ごかんべんが願いたいので……ともかくも、石巻の田代屋というのをたずねてお越しになって、駒井の殿様のお着きをお待ち下さいませ」
 態度のいけ図々しいのに反して、その取りしきりぶりと、物言いとは、行届ききったもののようですから、白雲がいよいよ手がつけられない気持がしました。
「うむ、そうか、それは何から何まで厄介千万になったが――お前という男は何者だ」
「いや、それは、あとでお船のうちで、ゆっくりと身の上話を聞いていただく時節がございましょう――とにかく、これだけのことを申し上げて置きまして……」
「そうして、お前はなにか、これから旅立ちをしようというのらしいが、どこへ行くのだ」
「いいえ、旅立ちというほどじゃございません、ちょっと、この辺をかけめぐってみたいような虫が起りましたものでございますから。なあに、病気がなおりますと、直ぐにまた
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