いずれも遠国の旅人ゆえ、相手が怖がって、無理を通したというようなわけでございましたが、藤堂家からはお隣りの、大垣藩の戸田家の方々がそれを聞いて苦々しいことに思いました。これはひとつ遠国旅人の迷惑のために、最寄りのわが藩中に於て目附役を買って出て、藤堂の悪武士の目に物見せて置いてやるべき義務がある、こんなように思いまして、戸田家の剣道指南役のなにがしという方が、わざと入念の田舎武士風によそおって、伊勢詣りを致すと、案の如く、藤堂家の悪ざむらいにひっかかりましたものですから、御参なれとばかり、それを取って抑え、さんざんにこらしめ、固く今後をいましめて許し帰したとのことでございますが、それだけで済めばそれでよろしいのでございますが……」
 右のこらしめの武士は、実は戸田家の指南役が姿を変えて、いたずらに来たのだという噂《うわさ》が、藤堂様の耳に入ったものですから、藤堂様もいい心持はなさらず、それに家中の者が戸田家の仕打ちを憎んで、その儀ならば、仕返しとして、戸田家に向って、うんと恥をかかせてやれ――という一念が昂じて、ついに戸田の殿様を暗殺してやろうという血気にはやるのが、とうとう実行に現わ
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