ことはなかったのですが、今度は忘れて来た。そうしてその忘れた時に最も痛切なる必要を感じてきた。今その一冊を持ち合わせないことが、秋風の吹きそめた時、袷《あわせ》を一枚剥がれたように、うすら寒い。
 ところが、それが、目の前に、投弓の家にころがっていたものですから、若干の草鞋銭なんぞは辞退しても、これをかっさらって行こうという賊心に駆《か》られたのも、また無理のないところがありましょう。それがすんなりと、草鞋銭も、「奥の細道」も二つながら、かすめ得たものですから、心中の欣《よろこ》び、たとうる物なく、明治二十年代の子供が「小国民」を買ってもらった時のように、嬉しがって、声高に読み且つ吟じて行くという有様です。
 白河の関にかかりて旅心定まりぬ――なるほど、旅心定まりぬがいい――この一句が、今日のおれの旅心を道破している。
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「『いかで都へ』と便りを求めしもことわりなり。なかにもこの関は三関の一にして、風騒の人、心をとどむ。秋風を耳に残し、紅葉《もみぢ》を俤《おもかげ》にして、青葉の梢なほあはれ也。卯《う》の花の白妙《しらたへ》に、茨《いばら》の花の咲きそひて、雪にも
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