の客を欣《よろこ》んで、相語るほどに、両々の興味が加わって、話はいつ果つるとも覚えません。
 その夜も――夜もすがら、語っても語っても尽きないものがありました。
「そういうわけで、拙者の奥の細道は、狩野永徳というそぞろ神にそそのかされたのですが――明日はとりあえず、観瀾亭へ行って永徳に見参したいと思うのです、簡単に許されましょうかな」
 こういって女史にたずねると、女史は、
「それは容易《たやす》いことです、月見御殿の拝見ならば、よい伝手《つて》がございますから、わたくしが御案内を致しましょう、山楽の襖絵といわれますものは、わたくしもかねて拝見は致しておりましたが、あなた様と御一緒に拝見すれば、またよい学問を致します」
「いや、それは恐縮です、拙者こそ、あなたのような学者に、御自身案内をしていただくということが、はからざる光栄でした。明日は、扶桑《ふそう》第一といわれる松島も見られるし、あこがれの狩野永徳にも見参ができるし、それに東道の主人が稀代の学者であり、絶世の美――」
と言って、田山白雲が、少しあわてて口を抑えたけれども、その尻尾が少し残ったものですから、玉蕉女史を追究させました
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