な脂《あぶら》ぎったでぶでぶの洋服男が一つ現われて、いきなり、裸体婦人の後ろから羽掻《はがい》じめにして、その髯だらけの面を美人の頬へ押しつけて、あろうことか、その口を吸いにかかったのです。幻像がそうなった時、こんがらかった主膳の三ツ眼が全くくらくらとして、手が早くも躍動すると、無茶に畳に落ちた折鏡の全体を拾い取り、力を極めて、発止! と投げつけたのが日頃お絹が身だしなみをするところの丸鏡の正面であります。
在来の鏡台にかかった日本の鉄製の磨かれた丸鏡と、舶来の四角なガラス鏡とが発止とかみ合って火花を散しました。しかし、どちらがどれだけ損害の程度が大きかったかということなんぞに頓着もない主膳は、それから自分の部屋へ走り戻ると、急いで衣服を改め、わななくような手つきで足袋をはき、紙入を懐中へ押しこみ、それから大小をさし込み、頭巾《ずきん》をかぶりこみ、いよいよ本物の物狂わしい気色《けしき》になって、この屋敷の裏門から、ふらふらと外へ出かけて行ってしまいました。
その後ろ姿を見ると、ふらふらとして、まさしく物につかれたような姿で、どうかすると、机竜之助がこんな姿で人を斬りに出かけること
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