と、またおのずからいい気というものが湧いて出て、かなりの臆病者でさえが、唐天竺《からてんじく》の果てまでもという気分になりたがるものです。
 白河城下を立ち出でたその夜は、須賀川へ泊りました。
 白河から八里足らずの道。
 この地に投弓《とうきゅう》という風流人があるからたずねてみよと、人に教えられたままにたずねると、快く入れて、もてなし泊めてくれました。
 その翌日、例の牡丹《ぼたん》の大木だの、亜欧堂のあとだの、芭蕉翁《ばしょうおう》の旧蹟だのといったようなものを、親切に紹介されて、それから投弓のために白い袋戸へ、山桜と雉《きじ》を描いて、さて出立という時、主人が若干の草鞋銭《わらじせん》と「奥の細道」の版本を一冊くれました。
 若干の草鞋銭は先方の好意でしたが、「奥の細道」は先方の好意というよりも、こっちの強要と言った方がよかったかも知れません。
「奥の細道! これが欲しい、この旅にこれは越裳氏《えっしょうし》が指南車に於けると同じだ――ぜひこれを拙者にお貸し下さい」
 こう言って、白雲が強奪にかかったのを、根が風流人の投弓が、いやと言えようはずもなく、彼の拉《らっ》し去るに任せ
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