婦人も珍しいとはしないが、婦人にして漢詩をよくするという婦人は極めて珍しい。
 それにしても、ただ単なる奥様芸で、覚束なくも平仄《ひょうそく》を合わせてみるだけの芸当だろうとタカをくくって見ると、なかなかどうして、頼山陽を悩ませた細香《さいこう》女史や星巌《せいがん》夫人、紅蘭《こうらん》女史あたりに比べて、優るとも劣るところはない、その上に稀れなる美人で、客を愛し、風流の旅を好む、以前は江戸に出て、塾を開いて帷《い》を下ろして子弟を教えていたが、今は仙台に帰っているはず、ともかくも、あれをたずねてみてごらん――全く才貌兼備、才の方は別としても、思いがけないほど美しい婦人だから、その用心をして――
 ははあ、ほかならぬこの拙者に向って、左様、然《しか》るべき才貌兼備の婦人をたずねよとは少々キマリが悪いと、白雲はがらにもない羞恥心《しゅうちしん》を少しく起しながら、とにかく、名前だけも覚えて置くことだと、更に念を押すと、栄翁が答えて、姓は高橋――名は玉蕉――家は仙台の大町というのへ行って、それと尋ねれば当らずといえども遠からず。
 かくて、福島に逗留二日。
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しのぶ文字摺《もじずり》、しのぶの里
月の輪のわたし
瀬の上
佐藤|荘司《しょうじ》が旧跡
飯坂《いいざか》の湯
桑折《こおり》の駅
伊達の大木戸
鐙摺《あぶみずり》、白石《しろいし》の城
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 笠島の郡《こおり》に入ると、実方《さねかた》中将の遺跡、道祖神の祠をたずねなければ、奥州路の手形が不渡りになる。
 かくて、田山白雲は、仙台に入る前に笠島の道祖神の祠へ参詣の道を枉《ま》げてみると、そこで呆《あき》れ返ったものを見せつけられないわけにはゆきませんでした。

         二

 それは別物ではない、露骨に言ってしまえば、人間の男性の生殖器が一つ、石でこしらえた、しかも、これが図抜けて太く逞《たくま》しいのが、おごそかに一基、笠島道祖神の一隅に鎮座してましますということです。従来とても、路傍や辻々に、怪しげな小さな存在物を見ないではなかったが、これはまた優れて巨大なるものであって、高さ一丈もあろうと覚しいのがおごそかに鎮座しているのですから、一時《いっとき》、初対面の誰人をも圧迫せずにはおかないものです。
「呆れ返ったものだ」
 白雲といえども、思わず苦笑をとどめることができませんでした。
 いったい、これは何のおまじないに原因しているのだ――道祖神というと、こんなものを押立てたがる故事因縁がよくわからない。道祖神そのものは、猿田彦命《さるたひこのみこと》だということだが、猿田彦命ならば、それは神代史に儼存の人であるに相違ない。それがこの露骨な男根と何の関係があるのか、これは柳田国男氏にでも聞かなければよくわからないものだと、白雲が途方にくれました。
 呆れ返った末に、とどめ難い苦笑いをもって、白雲は、図抜けた道祖神の表象のまわりをながめているうちに、その太く逞しいかり首のあたりに結びつけられた、一つの絵馬を認めないわけにはいきませんでした。本来ならば、このブラさがった絵馬そのものが、まず人の目につき易《やす》いのですが、石体そのものが、あんまり奇抜過ぎるものですから、絵馬は第二第三の印象になってしまいましたが、よく見ると、つい、たったいまかけて行ったかと見えるほど新しいもので、しかもその絵がまた奇抜であることを認めずにはおられません。
 普通、絵馬に描く図柄はきまったようなものですが、この絵馬には、全く異様な般若《はんにゃ》の面《めん》が、ごく拙いものではあるが一つ大きく描いてありました。
「迷信はところがらで致し方がないとしても、社へ納める絵馬に般若を描くやつもなかろうではないか」
 そう思って、白雲が見直すと、その署名に、
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「清澄村、茂太郎納」
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と筆太く記して、その頭へ小さく「仙台大手御門前」と割註《わりちゅう》がしてある。
「はてな――」
 田山白雲は、全く別様な頭の働きを、この異様な額面の絵と文字との上に向けて、一思案なからざるを得ませんでした。
「はてな――全く、これは、はてなだ――清澄村茂太郎なる者がこの額を納めたとな。広い日本の村々のうちには、清澄というのも一つ以上あっていけないというはずはない、また茂太郎という名乗りも公儀へ御遠慮を致すべき差合いのある名前とも覚えていない。房州の清澄の、あのでたらめの歌うたいの茂公のほかに、天下に、もう一人も二人も清澄村の茂太郎なるものが存在してはならない筋合いもないのだが、それにしても、これは少し度外《どはず》れだ、名前そのものは度外れでないにしても、図柄そのものが、度外れだ」
 白雲は、でたらめの歌うたいの茂太郎と、
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