合わせないわけにはゆきません。
思い合わせて見れば見るほど、あれと同じ人間の手になるのです。
そこで、また女中を呼んで、いったい、この絵図を置いて行ったお客様てのは、どんなお客様であったか――え、え、それは、これこれ斯様《かよう》な人でござりまして、毎日毎日のように出てお歩きになりました。なんでもお江戸から船のお着きになるのを待兼ねての御様子でございました。あ、そうか、そうして年頃は、うむ、なるほど……
それこそ七兵衛おやじに紛《まぎ》れもないと、白雲が直ちに覚りました。そうしてみると、あの道祖神の絵馬も、ますますあのおやじの仕業に違いない。なお、してみると、あの絵馬は、特に自分の筋道を慮《おもんぱか》って、そうして目印に、こちらの目につき易《やす》いようにとの親切でしたことだ。今ここで、わざわざ清澄村茂太郎の署名をした絵図を忘れて行ったのも、何かこれを我々のための合図の下心ではないか。なかなか細かいところに親切のある男だな。
ああ、そう言えば、なるほど――何のこった、迂濶千万《うかつせんばん》、今までのことにまぎれて、それを忘れていたが、あの名取川べの蛇籠作《じゃかごづく》りの時に、あの男が、房州に残し置ける拙者の財産を、危急の場合にかき集めて、石巻の宿まであずけ置いたということだったが、そうだ、何といったかな、その宿の名は――そうそう、田代の冠者《かんじゃ》で覚えている、田代屋というのだ、その石巻の田代屋というのへ、房州に残し置いた拙者の財産を持って来て預けて置いたと、名取川であの男が確かに言った――この宿が、その田代屋ではないか、そうだ、田代屋だ、この帳面にある。
急にその事を思いついた白雲は、番頭を呼んで、その由を申し入れてみると、番頭の言うには、確かにお預り申してあります――土蔵へ蔵いこんでございますから、只今、取り出してごらんに入れます。そうか――それはよかった。白雲はここで思いがけなく、房州で別れたわが子にめぐり会われるような喜びを感じました。
土蔵から、その財産を取り出して来てくれる間のこと、田山白雲は、地図を按《あん》じて、追手搦手《おうてからめて》の二つの戦略を考えはじめました。
追手というのは、七兵衛方面のことで、搦手というのは、ウスノロと兵部の娘の馳落方面のことをいう。この二つを、これからどう目当てをつけていいか、ここ石巻を策源地として手段方法を案じはじめたのです。
二十五
つらつら地図を按ずると、どうもなんとなく、第六感的に、北東部が気になってならない。ここから北東部といえば、北上川の支流にあたる追波《おっぱ》、雄勝《おかち》方面と、それから自分がいま経て来た万石浦《まんごくうら》から、女川湾《おんながわわん》をいうのです。
七兵衛の逃げた方面というのは、全然雲を掴《つか》むようなものだが、絶体絶命の場合には、方角を選ぶ余裕は無いにきまっているが、しかし、彼の本心の磁石は、必ずや月ノ浦の無名丸に向っているに相違ない。一旦はやみくもにどちらへ逃げようとも、やがては、月ノ浦をめざして慕い寄ろうとする心持はよくわかるから、西南北へ向って遠く走り過ぎる心配はない。マドロス並びに兵部の娘らしいのが、万石浦を小舟で渡ったというのを見た者があるというから、これは、いずれその辺の、木の根、石の蔭に当分こらえていて、たまらなくなれば這《は》い出すのだ、この方は発見にそう骨が折れない! と、田山白雲は最初からタカをくくっているのです。
いずれにしても、円心はこちらにある、牡鹿《おじか》、桃生《ももふ》、志田、仙台の界隈《かいわい》をそう遠く離れるに及ばないということを、白雲は白雲なみに断定して、漫然とこの北上川の沿岸を漂浪しているうちには、何とか手がかりがあるだろう。奥羽第一の大河としての北上川の沿岸をぶらついているうちに、その風光を画嚢《がのう》に納めなければならない。本来はこの方が本業なのだが、ここに白雲の仕事がまた一つ加わって、つまり、一石四鳥の目的のために、当分はこの辺をぶらついて、ということに思案を定めました。
その思案が定まった時分に、番頭が蔵《くら》から七兵衛おやじからの預り物、つまり、房州洲崎の暴動の際に、手早く、かき集めて、ここまで持って来てくれた白雲の財産――といっても、写生画稿が主であって、一般経済の上には大した価値のある代物ではないが、自分の丹精の無事なのを見て、
「これ、これ――まず、これで安心」
白雲は、一応あらためてみて大安心をして、その荷物をまた一からげ、帰りまで更に保管を託して置くことにしました。
そうして、夜具をのべてもらい、枕に就くと女の子が、六枚屏風を持って来て、立て廻してくれました。六枚屏風は少し大形《おおぎょう》だと感じましたが、
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