もとのじょう》が、何か感ずるところあって、仲間《ちゅうげん》一人を連れて不意に、古城の牢屋を見廻りに来ました。
「兵助《ひょうすけ》、兵助、兵助はいるか」
「はい、お呼びなさるのは、どなたでございます」
「丹野じゃ」
「これはこれは、お奉行様」
牢名主兵助が、立って戸前のところまで来ました。
元之丞が、
「兵助――無事か」
「はい、おかげさまで、無事すぎるほど無事でございます」
上目づかいにおとなしく返事をする囚人を、奉行は高飛車に、
「兵助、貴様も年をとったな」
「はいはい、年をとりましてございます」
「哀れなものだな、昔の元気はないな、その分では、目白籠《めじろかご》へ入れて置いてもこっちのものじゃ」
「へ、へ、へ、御冗談ものでございましょう、お奉行様」
と言って、獄中の人がはじめて冷笑しました。
「気にさわったか」
「御冗談もことによりけりでござります、お奉行様、兵助が年をとったと申しましたのは、往生を致したという次第じゃございません」
「なら、昔の元気が少しは残っているか」
「へ、へ、へ、万事若い時のようには参りませんが、お奉行様、兵助はおとなしくしているのが勝手でございますから、こうして牢畳の上で日向ぼっこをして虱《しらみ》をとっているまでのことでございます、音《ね》をあげろとおっしゃるなら、いつでも兵助相当の音をあげてごらんに入れます」
「うむ、まだ音をあげる元気があったのか」
「早い話がお奉行様――このお牢屋なんぞは、どだい骨が細くって、朝夕の立居振舞《たちいぶるまい》にも痛々しくてたまらないんでございます、まあ、お奉行様の前ですが、ちょっと、ここんとこをこうしてみてごらんあそばせ」
兵助はのこのこと立って来て、牢の一方の格子の角をゆすると、どうしたものか、その柱の一辺がガタガタと弛《ゆる》んで、見ていると、そこから人間が楽々と這《は》い出しかねない隙間をこしらえて見せました。
「ふーむ」
と、奉行は目をすましてそれを見る。
「お奉行様、年はとりましたとは言うものの、兵助もまだ四十台でございますよ、やれとおっしゃれば、こんなヤワな細工をおっぺしょって娑婆《しゃば》へ飛び出して、もう一働きも、二働きも、罪を作るのは朝飯前でございますが――何を言うにも、もう四十の坂を越しましてな」
「四十がまだ若いというのか、年をとり過ぎたと申すのか、わからん」
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