同じでありました。違うのは、パッと睡眼を醒《さま》すと共に、白雲は枕許の太刀《たち》を引寄せたけれども、駒井は蒲団《ふとん》の下の短銃《ピストル》へ右の手が触っただけのことでした。
 のんのんと瞬きをしつづけている有明の行燈の下に、人が一人、うずくまっている。
「御免下さりませ」
「そちは、何者じゃ」
「お静かにあそばしませ」
「何しに来た」
「駒井の殿様、わたくしめでござります」
「や、七兵衛ではないか」
 うずくまっていて頬かむりの頭を上げて見せた面《かお》は、駒井としては、全く見紛うべくもない七兵衛おやじです。
「深夜、お騒がせ申して相済みませぬが、七兵衛は只今、この奥御殿の天井裏の忍びの間、武者隠しと申すのに暫く隠れておりますが、今夜、殿様のおいでが、願ってもない仕合せでございました」
「どうしたというのだ、何で、そちはこんなところの天井裏に隠れている。船ではみんなそちの来るのを待兼ねている、田山君もそちの案内で無事に船に着いている、それにそちだけが――どうしてまた、そんな姿で、こんなところに――」
 駒井甚三郎は、七兵衛そのものは、洲崎で働いてくれた七兵衛に相違ないが、その内容は全く別物か――どうかすると、或いは七兵衛の幽霊ででもありはしないかとさえ疑われるほどの眩惑を感じました。
「はい、その御不審は御尤《ごもっと》もでございますが、この七兵衛は当分の間――まあ長くて七日間――はこの瑞巌寺様の構内から一寸も出られない余儀ない羽目になりました――これと申すも、よせばよいのに、年甲斐もない悪戯心《いたずらごころ》がさせた業でございます、仔細はいずれおわかりになりましても、お聞捨てにあそばして下さりませ。ただ一つのお願いは、七日の間の兵糧が少しばっかり欲しいのでございます、お握飯《むすび》なり、おかちんなり、ほんの凌《しの》ぎになるだけ――お松にでもお言いつけ下さって、あの、こちらのお庭の臥竜梅がございます、あの梅の大木のうつろ[#「うつろ」に傍点]の中へ、明晩でもひとつ……」
「ふーむ」
「なにぶんお願い申し上げます、委細は、あとからお耳に入ることもございましょうが、それにいたしましても七兵衛は、本来善人なんでございますから、白雲先生なぞはかまいませんが、若い者にはなるべくこんなことは聞かせていただかない方がよろしいんでございます」
「何を言っているのだ、ど
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