づくろいをせざるを得ませんでした。
ともかくも自分の身だけを、いま寝ていたところよりは、ずっと一段の奥、海に近い方の親柱の一本を小楯にとって、身を伏せたまま、二の矢の受けつぎを、じっと見つめて息をこらしたものです。
まもなく外で人声がします――
「どこへそれた――」
「その植込の笠松の枝ではないか」
「塀の下を見い」
「燈籠《とうろう》の蔭――」
「雨落の中――」
「樋《とい》の間――」
「いずれにも見えませぬ」
「では」
「このお床下へ飛び込んだものに相違ござりますまい」
「なにさま」
「お床下だ」
二人のさむらいが来て、雨落の下でしきりに評定をはじめたが、もとより、七兵衛の耳へ手に取るように入る。
まず安心――それ矢だ、どこかこの近隣で弓を稽古していたさむらいの矢が一筋それてこちらへ飛び込んで来たまでのことだ。あえてこの七兵衛のあることを知って、試みに射込んだ探りの矢でなかったことは安心だが、外の評定はこれで終ったのではない。もとより二人のさむらいは、もう縁の下だと諦《あきら》めて立去ってしまったのでもない。まだ同じところに立って評定を続けている。
「ちと困ったことだ」
「捨て置きましょう」
「いや、捨て置くわけにはならん、苟《いやしく》も藩の御殿の床下へ矢を射込んで、それをそのままにして置いては、後日の言いわけが相立たぬ」
「それもそうでござりますな」
「大儀ながら番人に申し入れて、よく床下を探させ下さい」
「心得ました」
この問答を聞いて、再び七兵衛が不安に襲われました。
なるほど、あやまって射込んだ矢一筋ではあるが、御殿の床下へ入ったものを、そのままにして置けない、尤《もっと》もな言い分だ。だが、そうしてみると、当然、ここへもぐり込んで、あくまで矢を探しに来る人の数がある。矢一筋よりも、見つかってならないものが現にこの通り床下にあるのだ。それをどうしよう、七兵衛は本当に焦眉《しょうび》の急《きゅう》の思いをしました。
自分一身が遁《のが》れるだけは何の苦もないことだが、枕許のあの一件、あの幾点の品、あれをこの際、土を掘って埋めるわけにはいかない、火をつけて焼くわけにもいかない、当然やがて寸分の後、ここへもぐり込む人の身が、一筋の矢よりも、もっとずっと大きな獲物を発見するにきまっている……
はや、三方からメリメリと矢探しの手がかかって来た。黒
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