ろうとしたら、待ってろ待ってろ、いいこと教えてやると、地蔵さんが引止めて、おれの膝さ上れ――と言いました」
「…………」
「地蔵さんから膝さ上れと言われて、婆は『とっても勿体《もったい》なくて、上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと申しました」
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とってもとっても
勿体なくて
上られえん
膝さ上れ
上られえん
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 茂太郎は、老女の昔話のうちの奥州訛《おうしゅうなまり》を面白く心得て、口真似《くちまね》に節をつけて唄い出しました。それに老女はあまり取合わず、
「すると地蔵さんは、いいから上れと言いますから、婆《ばば》は恐る恐る地蔵さんの膝さ上ったら、今度は地蔵さんが、手のひらへ上れと申しました。婆は『とってもとっても勿体なくて上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと言いました」
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とっても
とっても
勿体なくて
上られえん
とっても
とっても
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 茂太郎がうたい出す、老女がかまわず昔話をつづける。
「そこで婆は恐る恐る、地蔵さんの手のひらへ上ると、地蔵さんが今度は、肩の上さのぼれと言いますから、婆は『とってもとっても勿体なくて上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと言いました」
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とっても
とっても
勿体なくて
上られえん
とっても
とっても
[#ここで字下げ終わり]
 茂太郎がまたはしゃぎ出すのを、老女が抑えて、
「そこで婆は恐る恐る、肩の上さ上ると、地蔵さんが、婆や婆や、頭の上さのぼれと言いますから、婆が『とってもとっても勿体なくて上られえん』と言いますと、地蔵さんが、いいから上れと言いました」
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とっても
とっても
勿体なくて
[#ここで字下げ終わり]
 今度は老女が茂太郎の合の手を押しかぶせて次を語りました。
「そこで婆は、とうとう地蔵さんの頭の上までのぼってしまうと、今度は地蔵さんが、梁《はり》の上さのぼれと言いました、婆は、とっても、とっても……」
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とっても
とっても
勿体なくて
上られえん
[#ここで字下げ終わり]
 今度は茂太郎が、老女の話頭を奪って歌い出したのです。老女も負けない気になって、話を進行させて行きました。
「地蔵さんが、いいから上れと言われたの
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