の天才を持った小僧だから、もうここへ来ると、その辺のイカモノと馴染《なじみ》が出来てしまったのだな。
「先生、七兵衛おやじはいないの?」
「うむ――」
この時、白雲はあたりを見廻し、
「お前はどうして来たんだ」
「あたいは、舟で来ました」
「そうか」
「ムクも来たいというから連れて来ました」
「駒井船長のゆるしを得て来たのか」
「うむ、いいえ――」
「黙って飛び出して来たな?」
「済みません」
「おれに詫《わ》びを言っても仕方がない、お前の悪い癖だ」
「だって、ムクがついているからいいでしょう?」
「ムクというのはその犬のことか」
「ええ」
「誰がついて来ようとも、だまって舟を出て来ることはいけない」
「でも、金椎《キンツイ》さんにだけことわって来たからいいでしょう?」
「金椎に? あれはつんぼだ」
「だって――」
「まあ、仕方がない、金椎君にでも、ことわって出て来たんならいいとして――」
「ねえ、先生」
「何だ」
「大きなお寺だね」
「うむ、奥州第一等のお寺だ」
「広いお庭だね」
「うむ、広い」
「七兵衛おやじはどこにいるの」
「ナニ?」
白雲は、またしてもあたりを見廻しました。この小僧が、七兵衛、七兵衛と無遠慮に言うのが気がかりになってならない。その度毎に、あたりを見廻したが、幸いにも誰も聞き咎《とが》める者はない、ありとすればあの桶屋のおやじだけだが、桶屋のおやじがどうなるものか。
「ねえ、先生、お松さまはどこにいるの」
「お松さんか、お松さんは宿屋に待っているだろう」
「宿屋ってどこ」
「つい、そこの海岸だ」
「先生は毎日ここで絵を描いてるの?」
「そうだ」
「で、お松さんだけが、七兵衛おやじを探しているの?」
「叱《しっ》!」
と田山白雲が、今度は茂太郎を叱り睨めました。七兵衛七兵衛と言うのが、いけないのです。
叱られて茂太郎は、何でそれが咎められるのかわからない。
「このお寺ん中に隠れているんじゃないの?」
「これ――」
白雲はついにたまりかねて、
「茂公――お前はここへ来ちゃいけない、拙者の仕事の邪魔になるから、宿へ行ってお松さんをたずねろ――ずっと海岸通りをつたって行くと、五大堂というのがあって、その前に新月楼という家がある、お松さんはそこにいるはずだから、先へたずねて行ってみろ」
「え、じゃ、行ってみましょう」
「茂坊、ちょっとお待ち」
「
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