ような経済眼は発達しているから、少なくとも祖先以来の家産を減らさなければ、いやでも増殖させて行くことは測られないほどでありました。
この経済の蔭に、家庭のあの暗い影のあるのは望ましいことではないが、やむを得ないことだと腹にこらえてもいるのです。家庭の暗い影は、もとより望ましいことではないが、この暗い影のために藤原家というものを抛棄《ほうき》することができるか。それは藤原の宏大なる資産というものがなければ、一家親戚のこれに頼る心と、これを見る眼というものが消滅してしまうにきまっている。自然、暗い影はそこでサラリと解けるかもしれないが、藤原家というものが消滅して何の家庭争議だ。肉体を持つ人には病苦というものがある、病苦を除くために肉体を殺してしまえ、ばかな! そんな理窟や学問はどこにもない。
今日しも与八は、おひるの時分、いつものように大勢とは離れて、小高みになった藪蔭《やぶかげ》のところに竹樋《たけとい》を通した清水を掬《すく》いながら、握飯《おむすび》を郁太郎にも食べさせ、自分も食べていると、不意に後ろから人の足音があって、ガサガサッと藪の下萌《したもえ》が鳴る。
「あ! 旦那様」
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