な鈴慕を吹かせたのは、わたしが悪うございました、拙者がすすめて、あの人に、あの鈴慕を吹かせたようなものでした、あなたに言われるまでもなく、その場で悔いていました」
と関守が、素直にあやまったのは、このお喋り坊主に、これから壬申の乱の歴史から説き起されてはたまらないと、おびえたわけではありますまい、平明率直に、自分のあやまちを謝るほどのものでしょう。
「わたくしは、あなたへ御意見をするために来たのではありませんでした、鈴慕の音が、あまり気にかかるものでございましたから、様子を見に参ったようなわけでございます」
「まあ、ともかく、弁信さん、草鞋《わらじ》をおぬぎ下さい、今晩はまたひとつ、お前さんと旅を物語らなければならない運命に落ちたようです」
「はい、有難うございます、もう私も、かれこれ申すいわれはございません、鈴慕の悪気が、只今はすっかり消滅してしまいましたからね。不破の関所のあとには、昔ながらの古気というものが漂うことを感じますけれど、悪気はもうございません。お言葉に甘えまして、今晩はひとつ、御当所へ御厄介になりまして、旅のお物語りなど伺いたいものでございます」
「ああ、そうなさいまし」
「では、御免を蒙《こうむ》りまして」
 弁信は、そこで気安く、自分の草鞋を解きにかかりました。
 お雪ちゃんのことなどは、ちっとも弁信の念頭にはないようです。念頭にないだけ、それだけ不安を感じていないのです。弁信が不安を感じていないということは、お雪ちゃんそのものの実体が、極めて無事順調に存在しているということの保証にもなりましょう。
 こうして、弁信が草鞋の紐《ひも》を解いている時に、例の小笹の崖道がざわざわとざわめいて、そこから現われたのは、熊でもなく、米友でもありません。
 覆面のお銀様の姿が、悠揚として、そこに現われました。

         八十五

 お銀様は、古関の庭をこちらに向って歩みながら、
「弁信さんじゃありませんか」
 草鞋《わらじ》の紐を解いている弁信が、響きのように答えました、
「そうおっしゃるお声は、有野村のお嬢様でございましたね」
「わたしとわかりますか」
「わからないはずはございますまい、ほんとうに、生あればこその御再会でした」
「わたしはこの旅で、弁信さんにだけは、逢えると思いませんでした」
「お変りもございませんか」
「変りはありません。弁信さん、あなたはどこをどう歩いてこんなところまで来たのです」
「それをお話し致すと長うございます。私は旅が常住でございますから、どこをどう歩きましょうとも変りはございませんが、お嬢様、あなたが、こうして旅においでなさることは、思いがけない思いを致します。けれども、それは、あなたのためには善いことだとお祝いを申し上げなければなりません。有野村に於てのあなたの御生活は、暴女王の御生活のようでして、思うこと為《な》さざるは無く、命ずること行われざるは無き有様でございましたが、それが、決して幸福とは申し上げられないものでございました。それが、翻って旅においでになったということは、どちらに致しましても、あなたの魂を解放なさったと同じようなものでございます――」
「弁信さん、わたしは、旅に出たことを、それほど幸福にも思わないけれど、悪いことをしたと悔いてもいませんが、旅へ出てみて、しみじみと弁信さんというものを思い出したことがありました」
「それは有難いことでした、わたくしのような存在が、少しでもあなた様の御記憶に残していていただいたとすれば、それだけで、もはや本懐の至りでございます」
「あんなようにして、おたがいに打ちとけきれないで別れたのが、こんなところでまた逢えるというのは、尽きせぬ縁《えにし》なのでしょう」
「全く、浅からぬ因縁《いんねん》でございます。ただいま関守のお方から伺いますると、ここにも容易ならぬ御縁を結ぶようになりまして、今晩はこちらへ泊めていただくことになり、只今、こうして草鞋を解いているようなわけでございます――」
「弁信さん、お前が今晩ここへ泊るなら……わたしも、どう差繰っても今晩ここへ泊めてもらって、お前さんと話をしなければならない」
「有難いことでございます、御迷惑さまながらそう願えますことならば、わたしも、あなた様から伺わなければならないことが、まだ多分に残っているような心持が致します」
 弁信がこう言って、まだ草鞋の紐がとききれないでいる時、例の小笹の崖道がまたざわざわとざわめいて、そこから現われたのは、常と少しも変りのない面色《かおいろ》をしたお雪ちゃんの姿でありました。
「まあ、弁信さん」
「お雪ちゃんでございましたね、ほんの、ちょっとの行違いで、御心配をかけて相すみませんでした」
「わたしは、どうしたのかと思いましたよ、弁信さんのことは、弁
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