ずれでござるか」
 こう問いかけられたものですから、それはお雪ちゃんが、お銀様によって先刻承知のところでしたから、
「あの杉の木の下の、くずれた五輪が三つ並んでおります、その中のが常盤御前のお墓だそうでございます」
「左様でござるか」
 二人は、歩みをうつしてその墓へ近づいたが、それはお銀様のしたよりも潤いのある仕方でした。傍《かたわ》らに乱れた秋草を二つ三つ折って、しるしばかりに墓へ手向《たむ》けたことが、それです。
 そこで、右の二人は、またお雪ちゃんの方へ引返して来て、
「弘文天皇の御塚というのは、いずれにあらせられますか」
「…………」
 前のは、予備知識があったから、お雪ちゃんもすらすらと案内ができましたが、二度の試験には落第です。それを畳みかけて、五十嵐がたずねました、
「天武天皇御兜掛石というのは、どの辺にございますか」
「それも存じません」
 お雪ちゃんは、苦しそうに申しわけをしました。
「関の藤川の土橋へは――」
「…………」
「月見の宮というのがござるそうだが」
 それも、これも、一つも返答のできない身を、お雪ちゃんが自分から残念がりました。
 二人は、この少女から、容易《たやす》く常盤御前の墓の存在を教えられたものですから、立てつづけに第二第三の質問を浴せたけれど、やがて、お雪ちゃんがこの土地の者ではなく、やっぱり旅の未案内者の一人に過ぎないということをさとり、
「不破の関址《せきあと》はもう間近いことでござろうな」
 いちばんやさしい質問を、最後のお愛嬌のように残した。
「はい、あの笛の音が……いいえ、その街道へ出て見ますると、左の方に低い屋根の棟が見えるはずでございます」
「有難う」
 それで、二人もさっさとこの場を出て行ってしまいました。
 人に立去られると、はじめて感ずる、寂寥《せきりょう》と焦燥《しょうそう》とを通り越した恐怖――
 弁信さんは、いったいどうしたの――ああ、いいわ、もうこうなれば、このくらい待っていてあげて来ないのだから、約束通り、こちらから押しかけて行きましょう。
 ちょうどよいのはあのお侍衆、いずれも淡泊率直な豪傑風の方々だから、あの方々について行けば、当面は安心の道。
 こう思って、お雪ちゃんは矢も楯《たて》もたまらぬように、南条、五十嵐のあとを追って、不破の古関をめざして駈け出しました。
 まもなく叢林の間から詩吟の声が起りました。その声は、いま行った、南条、五十嵐のうちの誰かに相違ないことを知りました。
 その詩のなにものたるかを、まだ認識しきれないお雪ちゃんの代りに、次にうつしてみると、こうもあろうかと聞きなされる――
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原田《げんでん》、毎々、高岡《かうかう》を繞《めぐ》る
想ひ見る、観師の※[#「革+(顯−頁)」、203−17]鞅《けんあう》を備ふることを
行《ゆい》て覚ゆ、芒鞋《ばうあい》の着処無きを
満山|草棘《さうきよく》、すべて甘棠《かんだう》
村々《そんそん》、酒有り、是れ誰が恩
弛担《したん》の旗亭、酔午|喧《かまびす》し
識《し》らず血戈汗馬《けつくわかんば》の処
竹輿《ちくよ》、夢を舁《にの》うて関原《くわんげん》を過ぐ――
[#ここで字下げ終わり]
 吟声が終った時分に、お雪ちゃんは二人に追いつきましたけれども、次のような余談に耽《ふけ》りながら歩いていた二人の壮士は、お雪ちゃんがつい後ろまで追いついてきたことを気がつきませんでした。
「さすがに、山陽だけに、村々酒有り、是れ誰が恩――と言って、神祖だの、源君だの、お追従《ついしょう》を並べていないが、大塩中斎あたりが、雪は潔《きよ》し聖君立旗の野、風は腥《なまぐさ》し豎子《じゅし》山を走るの路なんぞとお太鼓を叩いているのが心外じゃ」
「そこへ行くと、竹外のは純詩人的でよろしい、拙者がひとつ、竹外のをうなってみる」
 前のは山陽の詩で、それを吟じたのは、たしか南条――次のは藤井竹外の七絶で、五十嵐甲子男が次の如くうなり出しました。
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山は平原を擁して駅路長し
即今、行旅、糧《かて》を齎《もたら》さず
黄花|籬《まがき》に落つ丹楓寺《たんふうじ》
尽《すべ》て是れ、当年の血戦場――
[#ここで字下げ終わり]
 二人の壮士が、後ろを顧みて、お雪ちゃんのつい後ろへついてきたことを知ったのは、その詩の終った頃でありました。
 しかも、その時分には、もはや、不破の関屋のあとの門前に立っていると言ってよいほどに近づいていました。

         八十二

 南条、五十嵐の二人の壮士にお雪ちゃんが交って、三人して、不破の関屋の関守の門の扉を叩いた時に、中は閑寂なものでありました。「関山月」も無ければ、「鈴慕」も無く、白昼、炉を擁して、しめやかに語る会話のやりとりさ
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