ましたけれど、拙者は、もう覚悟して、女房に向って一切を打明けてしまったのです。それがよかったのか、女房が賢かったのか――それから以後、女房がかえって我々に同情してくれるようになりました。それは女のことですから、事に触れては感情がいら立ったようですけれども、一面にはまた友人の妻と、拙者との間に同情して、二人の間をかばってくれる――という行き方もありました。自分の夫が、自分に対しての愛を失わない限り――二人の間を黙認する、そういう折合いが、拙者と女房の間に熟して行って、冗談《じょうだん》と、からかい気分でも、おたがいの関係をあしらえるほどになって行き、拙者の女房は内心で、家中一二を争う美人、殿様でさえがお気があって物にならなかった女が向うから落ちて来たという自慢――女には強烈なる嫉妬心と共に、こういう変則な自負心もあるものなのです。わが夫なればこそ、もの[#「もの」に傍点]にできない相手をもの[#「もの」に傍点]にする――もとより、そんなことを自慢|面《がお》に口の端にのぼせるわけではないが、そういったような感情さえも拙者には見られるほどに、おたがいの心は打解けて行ったのだから、四人二家族は、もう他人のような感じはしないのでした」
今まで、尺八を構えた姿勢で坐って聞いていた竜之助が、ごろりと横になって、肘枕《ひじまくら》にあちらを向いたのはその時のことです。
話題をさまたげる何物もない以上は、ここまで語れば、いやでもその行く道を語りつくさねばならない関守の告白、じっとしている限りは、受けきれても、受けきれなくても、受けねばならぬ竜之助の立場であります。
七十七
関守は炉の薪を加えながら、綿々として語りつづけました――
「こうして、我々の間は無事に、沈黙と、黙許と、妬心《としん》の間の諒解《りょうかい》と、愛の分割と集中とを自由に許される気持のうちに、夢のような、飯事《ままごと》のような、また何ともいえない甘苦しい陶酔のうちに、それでも無事に日は進行して行きましたが、ここに許さない故障が一つ湧き起りました、それは世間というものです」
鉄瓶がちんちんと沸騰してきたから、関守は火箸をあげて、ちょいと蓋《ふた》のつまみを外《はず》して置いて、
「世間というやつほど、お節介《せっかい》なものはないのです――本来、こうして、我々当事者間が無事に進行して行きさえすれば何のことはないはずであるのに、利害も、感情も、関係のないはずの世間というやつが、かぎつけて騒ぎ出しました。まことによけいなことです、平地に波瀾を起すのはまだよいが、溝の中を掘りさげて、溝泥《どぶどろ》を座敷の中に蒔《ま》き散らすようなことをして、そうして世間というやつは、いっぱし正義を行い、道徳を保護しているのだという気になるのだからたまりません――誰いうとなく、我々の間が世間の口の端《は》にのぼると、その口の端が口火をつけて、二人の最寄りのところから、手づめの圧迫が起るようになって来たのです。すなわち一方は友人の親戚の者――一方は拙者の妻の身よりのものです。友人は右に言う通りの心理状態であり、拙者の妻は同情を以てかばい合うというほどに打ちとけているにかかわらず、これではいけないと、火事の火元でも見つけた気になって騒ぎ出したのが、世間というお節介で、それに油をそそぐのが親類という御親切者です。この二つの火の手で、我々の善良な二つの家族が無惨に焼き亡ぼされたのみならず、いくつの人命の犠牲までが現われたというのは愚の極、劣の極――これは世間の罪です」
世捨人としての関守が、世間をのろうようなことを言い出したのも話の順序でしょう。
「世間というやつは、なんでこういうお節介なことをしなければならないのか、今では、それも相当にわかっていますが、その時は血気盛りでしたから、むやみに憤慨しました。いったい、家中の面目だの、武士の道義だのと言うけれど、殿様――つまり国主大名といったような連中にも、家臣の女を自由にするはもとより、その妻を犯す者がいくらもある、それは大抵無事に塗りかくしてしまって、我々の純なる、おたがいに許し合ってさまたげのない仲を、わざわざあばき立てて、どうしようとするのだ。しかし、憤慨したところで、上りはじめた火の手はいよいよ強くなるばかりで、二家四人を取囲んで、むしむしと焼き立てました――こう周囲から煽《あお》られると、いやでも自火になることを免れられようはずがありません、こうして我々は、内外共に破滅の時が参りました」
関守がそこで長大息をして、
「その結果がついに、世間の手で友人の妻を殺してしまいました、夫の膝を枕にして友人の妻は、自分の手で自分の生命《いのち》を、武士の妻らしく処決してしまいましたけれども、実は世間というものが殺したのです。
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