合員ともなっているのだから、こいつの、なれなれしくやって来るのを、無下《むげ》に斥《しりぞ》けることもできないようになっている。
身を現わした金公は、例によって、いや味ったらしい表情たっぷりで、早くも卓子《テーブル》の上のビール瓶に眼をつけ、いま忠作が代り目をつぎ込んで、まだ泡の立っているのを見ると、図々しく、
「これは乙りきでげすな、黄金色《こがねいろ》なす洋酒のきっすいを、コップになみなみと独酌の、ひそかに隠し飲み、舶来のしんねこなんぞはよくありませんな、金公にも一つそれ、口塞ぎというやつを――なあに、そのお口よごしのお流れで結構でげす……」
こう言って咽喉《のど》から手を、そのコップのところへ出したものです。
「いや、コックさんから一瓶貰って、ちょっと仕事休みに飲んでみただけのものなんだよ。なんだか苦くて、大味で――わしゃ酒のみじゃないけれど、それでもあんまり感心しないと思って、ながめていたところだから、金さん、よければみんなおあがり」
と言って忠作は、瓶の栓を抜いて、注ぎ置きのコップの上へまた新たに注いでやると、シューッとたぎる泡が、コップの縁いっぱいにたぎり出しました。そうすると金公が大仰に両手をひろげて、
「あ、結構、有難い、何てまあ、この黄金色なす泡をたぎらす色合いの調子、ビールってやつでござんすな、ビール、ビルビルビルと一杯いただきやしょう」
物にならない駄洒落《だじゃれ》を飛ばしながら、金公はそのコップを取り上げてグッと一飲み、ゴボゴボとせき込みながら、
「なるほど――苦くて大味、というところは星でござんすな。但し、すーうと胸に滞《たま》らず、頭に上らず――毒にもならず、薬にもならずというところでげすから、泡盛《あわもり》よりは軽い意味に於て、将来、こりゃなかなか一般社会の飲物として流行いたしやしょう」
金公は、ホンの口当りにこんなことを言ったのだが、忠作はまたそれを先刻の胸算用に引きあてて聞きました。なるほど、金公の出鱈目《でたらめ》も聞きようによって算盤になる、苦くて、大味で、日本向きではないと、自分はさいぜん独断を下してみたが、金公のような、その道の奴に言わせると、胸に滞らず、頭に上らず、毒にもならず、薬にもならず、軽い意味に於て、将来一般に流行《はや》る平民的飲物としての素質を持っているとすれば、この酒も将来、日本人にとって、一種の
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