はじめに子鉄を抑えた旦那が、ああして苦しんでおいでなさる、はっと飛びかかった時に、子鉄の右の臂《ひじ》であばらへあてられたんです」
「子鉄も子鉄だが、あんなのにかかっちゃ旦那方もつらい」
 子鉄、子鉄と呼ぶ、あの男が子鉄というものであることは、土地ッ子の証明によって、もう間違いのないところだが、子鉄の何ものであるかを説明している場合でないと見え、その性質は旅の人には分らない。
 無論、お銀様にもわからない。

         十三

 これを知らないもののために、一応その素姓《すじょう》を物語ってみると、ここに子鉄と呼ばれている当人は、有名なる侠客、会津の小鉄でないことは勿論《もちろん》だが、さりとて、会津の小鉄を向うに廻しても名前負けのする男ではなかったのです。
 生れは城外、味鋺村《あじまむら》の者で、その名は鉄五郎――父も鉄五郎といったから、そこで子鉄が通称となっている。
 名古屋城外で窃盗《せっとう》を働いて、敲《たた》きの上、領内を追われたのを皮切りとして、捕まってまた敲きの上に追放――その間に同類をこしらえ、ある時は一人、ある時は同類と、諸方を荒し廻っているうちに、好んで
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