いるようです」
「和歌の方ではどうでしょう、こういったような気分と情味を現わしたものがございましょうか」
「これは和歌のものじゃありませんね、やっぱり、山の宿の温泉というようなものは俳諧のものですよ」
「一茶の句に、我が家はまるめた雪のうしろかな――というのが一茶らしくって、いかにも面白いが、拙者はこのうしろかなを、後ろ側としたら、いっそう実感的で面白いと思うんでがすよ」
「そうか知らんな」
「蕪村のは一句一句がみんな絵になっていますが――宿かせと刀投げ出す吹雪かな――なぞは実景ですね、ことにこの白骨の冬籠《ふゆごも》りの宿を預っているわれわれにしてみると、絵でもあり、実感でもあります、ついこの間の仏頂寺なにがしと名乗るさむらいなんぞは、まさにそれでしたね」
「なるほど――どうも気紛れなものでしてな、こんな山奥の冬籠りへ、まさかと思っていると、入りかわり立ちかわり相応の客が来るのが不思議ですよ。これが平常通り十一月で釘を打ってしまえば、狐狸もおかすまいが、人が籠っていると、また期せずして人が集まって来るものです。知ると知らざるとに拘らず、人間の住むところには人気が立てこめて、おのずから
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