ば、佐藤信淵の経国策はかねて貴下より伺ひ候渡辺崋山の無人島説どころのものにあらず、規模雄大を極めたるものにて、特に『宇内《うだい》混同秘策』なる論説の如きは、日本が世界を経綸すべき方策を論じたるものにして、その論旨としては第一の順序として日本は北|樺太《カラフト》と黒竜洲を有として満洲に南下し、それより朝鮮を占め、満洲と相応じ、一は台湾を以て南方|亜細亜《アジア》大陸に発展するの根拠地とし、更に一方は比律賓《ヒリツピン》を策源として南洋を鎮め、斯《か》く南北相応じて亜細亜大陸を抱き、支那民族を誘導して終に世界統一の政策を実行すべしといふ事にある由、その論旨も、軍国主義或は侵略手段によるにあらずして、経済と開拓とを主とする穏健説の由。
方今、日本に於ては朝幕と相わかれ、各々蝸牛角上の争ひに熱狂して我を忘れつつある間に、東北の一隅にかかる大経綸策を立つる豪傑の存在することは、懦夫《だふ》を起たしむる概あるものには無之候哉。
なほ又、当時、日本の人物は西南にのみ偏在するかの如く見る者有之やうに候へ共、北東の地また決して人材に乏しきものに非ず、上述の亜欧堂の如きは一画工に過ぎずといへども、なお
前へ
次へ
全433ページ中430ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング