梨耶識《ありやしき》と申すのでございましょう。真如によって無明がありといたしましても、真如は真如、無明は無明でございまして、それを迷うとすれば別に迷い手がなければなりますまい、その迷うところのものが即ち梨耶でございまして……すでに、真如と無明を分つ以上は、ここにまた一つの阿梨耶識という分ち手を加えなければなりますまい。そこで、問題が二つではなく、また三つになってしまいましたのでございます」
「なるほど」
良斎は深く頷《うなず》いてみたものの、ようやく領分が拡がって、自分が最初に提出した問題が、自分の頭におえないほどひろがって行くのに焦《じ》らされているらしい。それにも拘らず弁信は一向ひるまないのです。
「と申しましても、この三つが全く三つではないのでございます、種が実となり、また実が種となるのでございます、三つと申しましても一つでございます。一つであると申しましても、なぜ一つであるかはやっぱりおわかりにならないでございましょう、それはまたお分りにならないのが当然でございましょう。わたくしは、起信論のうち、別してここが大事というところを承りまして、その御文章を暗記いたしておりますが……
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