じゃないでしょう、灰のあるところには火がなければなりませんからね」
「いや、火じゃごわせん、山の中には熱い腸《はらわた》がございまして、それが息を吹くだけのものなのです。だが、その息がなかなか侮り難いものでしてね、天明三年の浅間山の破裂を御存じでしょう。その次に上州の草津の白根山が破裂しましたね。あの時なんぞは、あなた、浅間山の下に石が降る、岩が降る、日中、これどころじゃありません、天はまっくらで、地には熱湯が湧き出してからに、山の下の田という田、畑という畑は一面に大河になってしまい、そうして、その付近三十五カ村というものが、この熱い泥の中へ陥没してしまいましてね、戸数にして四千戸、人間にしておよそ三万六千というものが生埋めになってしまい、牛馬畜類の犠牲は数知れませんでした」
「おどかしちゃいけません、神主さん、大丈夫だ、大丈夫だと言いながら、そんな実例を引いて人をおどかしちゃ困ります」
「それとこれとは違いますよ、硫黄岳、焼ヶ岳もずいぶん、噴火の歴史を持っているにはいますが、何しろ土地がこの通りかけ離れた土地ですから、人間に近い浅間山や、富士山、肥前の温泉《うんぜん》、肥後の阿蘇とい
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