て、その翌日早く、今度は本式に名古屋を出立することに決めてしまいました。
少なくとも飛行機の試乗が済むまでは御輿《みこし》が据わったものと諦《あきら》めていた米友も、足許から鳥が飛び立つように感じたけれども、そこは慣れたものであるし、且つまた先刻、旅の用意済みでしたから、この不時出立の命令にも更に狼狽《ろうばい》することはなく、即日、つまり命令のあった翌日の朝未明に、今度は急角度の転向転換などということはなく、道庵自身もさきに立って、いざ鹿島立ちという時に、道庵が容《かたち》を改めて米友に向っていうようは、
「時に、友様、わしは今までお前に向って隠していたが、実は敵持《かたきも》ちの身なんだ」
米友は、変な面《かお》をしてそれを聞きました。敵持ちといえば、つまり自分が何か人の意趣遺恨を受けて、敵に覘《ねら》われているということになるのだが、今までそういうことを聞いたこともなし、左様な警戒を試みていたこともないのに、不意に妙なことを言い出されたものかなと感心したのです。
しかし、道庵先生が急に妙なことを言い出すのは、今朝にはじまったことではないが、今朝は少し生真面目ではあり、出立間
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