らしたまでのことです。足場が悪かったので、小石が流れる、それに足を浚《さら》われた北原は、ほとんどとめどもなく谷底へ落ちようとして、足に力を入れた途端、手の方がゆるんだものか、また、その際気がかりになって、自身の流れる身体で押し潰《つぶ》してはならないから、放ってやったのか、携帯の鳩が飛び出してしまいました。
それと共に、ずるずるととめどもなく谷底へ落ちて行く、それを見て久助は、あれよ、あれよと言うばかりですが、品右衛門は早速用意の縄を投げてやったものですが、悪い時は悪いもので、それにつかまりはつかまったが、縄が途中で摺《す》りきれて、もう万事休すと思われた時に、幸いに木の根に、しっかりかじりついて叫んでいる。そこで、つぎ足しの縄が来てようやく引きあげたのですが、もとより生命には別状はないが、足をくじいたり、擦《す》り剥《む》いたり、かなりの怪我をしているから、品右衛門が背中に背負って、そうして平湯へ来て療治を加えているという出来事でした。
出来事としては怪我の部類ですけれども、鳩が逃げて白骨へ時ならぬ逆戻りをしたということと、これから前途、高山までの強行前進が利《き》かなくなった
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